2022/09/19

第8部 探索      20

  アスルはビールで喉を潤してから続けた。

「市役所って人事異動が多いそうで、しかもダム工事当時の職員が退職していたので、名前を教えてもらって、自宅まで行きました。」
「あら・・・」
「アルボレス・ロホス村の住民のことを聞きたいと言うと、彼は渋ったんで、仕方なく”操心”を使いました。」
「その人しかいなかったのですか?」
「彼だけでした。一人暮らしで、退職後は公園の掃除をして暮らしているとかで。で、アルボレス・ロホス村にマヤ族が住んでいたのか、と尋ねると、マヤ族はいなかったと言う答えでした。」
「マヤ族はいなかった?」

 テオの復唱をアスルは無視した。

「マヤ語の名前だと言うことも知らなかったようです。それに住民16家族が何処に行ったのかも知らないとかで、支払った僅かな立退料だけ台帳に書いてあるって。」
「マヤ語を知らないが、マヤ族でないと言うのは知っていたのか?」

 テオの質問をまたアスルは無視した。

「チクチャン家は年老いた父親、その娘、その娘の子男女1人ずつの4人家族だったそうです。子供は恐らく今はどちらも20歳程、双子らしいです。母親は40過ぎ?」

 テオは他のメンバーがマヤ族にあまり拘っていないことに気がついた。少佐が考え、ステファンとロホの2人の大尉も考えていた。デネロスとギャラガはデネロスがスマホで何か検索して、ギャラガに見せていた。ほうっとギャラガが少し驚いた表情をしたので、テオは「なんだよ?」と訊いた。

「俺が知らないことを、君達だけで共有するなよ。」

 少佐が苦笑した。

「確信がないので、言わないだけです。よろしい、教えましょう。」

 彼女はビールをゴクリと飲んでから言った。

「チクチャンはマヤ語で蛇を意味しますが、マヤにとって蛇は空と繋がっていると考えられていました。つまり、チクチャンは『空』を意味する言葉でもあるのです。」
「ペグム村の雑貨店主は、彼に神像を訊いた人物が”ヴェルデ・シエロ”(空の緑)だったと伝えたかったのでしょう。」
「しかもその人物の名前が蛇だったと思い出した?」
「普通”操心”で消された記憶は戻らないものですが、素人で子供がかけた技なら時間の経過次第で解けてしまう可能性もあります。」
「その雑貨店主は用心深い人ですね。ウリベ教授にはわからなくても大統領警護隊にはわかる、と考えて、わざとスペイン語で連絡したのですよ。」

 口々に喋る仲間を眺め、テオは故郷を追われた人々が復讐心に燃える姿を想像した。安住の地を求めて入植した村を泥の下に沈められて、どんなに悔しかっただろう。


 

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第11部  紅い水晶     19

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