2022/09/24

第8部 チクチャン     4

  ケツァル少佐とステファン大尉はアスクラカンの街の交通渋滞に捕まっていた。だからアスルが少佐の携帯に電話した時、彼等はまだ市街地から出られないでいた。

ーーアスクラカンの建設会社アゴースト兄弟社に行って頂けませんか?

とアスルが言った。

「アゴースト兄弟社?」
ーー例のダムを建設した会社です。

 少佐は2秒ほど考えて、すぐ部下の依頼の真意を悟った。ダム建設の指示を出した政治家に復讐する人間が建設会社に何もしないと言うことはないだろう。

「わかりました。行ってみます。」

 少佐は電話を切るとステファンを振り返った。

「アゴースト兄弟社と言う会社を検索しなさい。」

 ステファン大尉は何も言わずに己の携帯を出して検索を始めた。そして市街地の南側にある会社の情報を見つけた。

「道路や橋を造る会社です。ダムも造るでしょうね。」
「そこへ行ってみましょう。他にどんな情報があるのか調べて下さい。」

 ステファンが掲げた携帯画面で会社の位置を確認すると、少佐はいきなり急ハンドルを切って幹線道路から脇道に入った。通行人が多い狭い道路を強引に走って、別の大通りに出ると南に向かって進んだ。ステファンはお陰で検索する気分ではなくなり、事故を起こさないかと冷や汗をかきながら車窓からの風景を見ていた。一度勇敢な白バイが追いかけて来たが、ステファンが窓から緑の鳥のI Dを見せると遠去かっていった。

「自分で運転する時は平気ですが、他人の運転はやっぱり怖いです。」

 弟の苦情に、姉はフンと言っただけだった。
 アゴースト兄弟社は広い敷地に数台の重機や大型トラックを並べていた。全部が出動していないのは、少し暇なのだろう。数人の作業服の男達が機械の手入れをしていた。敷地内に入らずに、少佐は車を少し離れた場所に停めた。それで、ステファンはやっと会社の評判を調べることが出来た。

「従業員が荒い・・・仕事は報酬の額によって速かったり遅かったり・・・造る物はしっかり仕上げているようです。」
「それは会社の評判ですね。社内の情報はありませんか? 誰かが怪我をしたとか、病気になったとか?」
「そう言う情報はネットでは拾えません。」

 ステファンは車の外に出た。

「ちょっと中の人間を捕まえて情報を引き出してみます。」

 彼はブラブラと散歩する風に歩いてアゴースト兄弟社の門をくぐっていった。アスクラカンは全体的にメスティーソが多い。サスコシ族の純血至上主義者が多いと言っても、”ヴェルデ・シエロ”の人口は高が知れている。それに彼等の多くは市内を流れる”大川”の北側に住んでいるので、南側はミックスの”シエロ”にとって安全圏だった。だからステファン大尉は自然に住民に溶け込んで見えた。作業員に声をかけ、それから事務所の方へ案内されて行った。
 車に残ったケツァル少佐は、再び電話を受けた。今度はアスクラカンに住む、彼女の養父フェルナンド・フアン・ミゲール駐米大使の遠縁に当たるドロテオ・タムードからだった。形式通りの挨拶を交わしてから、タムードが要件を切り出した。

ーーアラゴから話を聞いた。マヤの名前を持つ家族を探しているそうだね?
「スィ。叔父様は誰か心当たりでもございますか?」
ーー直接は知らない。だが、息子の1人が言っていた。婚姻でマヤ族の中に加わった一族がいるのではないか、と。

 少佐はドキリとした。どうしてそんな簡単なことを思いつかなかったのだろう?

「マヤ族と結婚した一族の人間の子孫を探せと言うことですね?」
ーー恐らく1代か2代前に婚姻したのだろう。だから現在の長老達は思いつかないのだ。2世、3世の子孫なら、まだ力を使える。一族から認められなくても、”シエロ”としての自覚はあるかも知れない。
「3世なら十分ナワルを使えます。正式な成年式を要求出来ますし、”ツィンル”(人間と言う意味)として長老会は認めざるを得ないでしょう。」
ーーそれを認めたがらない会派がいるのだがね。

 異種族の女性を妻に娶ったドロテオ・タムードは忌々しげに呟いた。

ーー今日は1人か、シータ?
「弟が一緒です。」
ーーエル・ジャガー・ネグロか。あの男は十分に強い。変な奴に絡まれたら、遠慮なく気を発散させろと言ってやれ。純血種でもサスコシなら、彼にビビる筈だ。

 少佐は笑った。そして遠縁の叔父に礼を言って通話を終えた。

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