2022/09/05

第8部 探索      11

  ケツァル少佐は刑務所の周囲を歩いて、刑務所に物品を納めている業者や刑務官達の普段の行動をそれとなく街の人々に探りを入れてみた。刑務所で繁盛していると言う程ではないが、塀の外を囲む濠の向こうには、民家が数軒あった。昔からそこにあった集落だ。刑務所が出来る前から、要塞が出来た頃から住んでいる人々の子孫だった。政府は敢えて彼等を追い払わなかった。ずっと定住している人々にとって、見知らぬ人間は警戒の対象であり、村に用事がないのに近づいたり、塀の中から出てくる人間は常に見張られているのだ。当然、彼等は少佐にも注意を払っていた。だから少佐は緑の鳥の徽章をTシャツの胸に付け、己が何者であるか誇示して見せた。住民達は彼女の質問に誰もが正直に答えてくれた。
 ロザナ・ロハスに面会があるのかどうか住民は知らなかったが、刑務所の囚人達に面会を求めてやって来る人間は週に30人ばかりいると言う。その半分は毎週やって来る囚人の家族で、住民も顔を覚えていたし、中には名前がわかっている人物もいた。残りの半分は囚人の恋人だったり、部下だったり、得体の知れない人間だ。住民達は2回以上やって来た「知らない人間」を特に注意を払って観察しており、少佐はここ半年の間にやって来た車の車番や乗員の特徴を教えてもらえた。
 カルロ・ステファン大尉が面会を終えて出てきた。その時、丁度少佐は1人の年配女性と話をしていた。年配女性は門から出てきたステファンを指差して囁いた。

「ほら、あの男もなんだか怪しげでしょ? 髭なんか生やして、目付きも悪い。」

 少佐は大声で笑いそうになって、堪えた。

「彼にそう伝えておきましょう。彼は大統領警護隊の大尉です。」

 おや、まぁ!と驚く女性を後にして、少佐はステファン大尉に歩み寄った。大尉が彼女に敬礼した。少佐は頷き、報告、と目で言った。”心話”であっと言う間に情報がやり取りされた。
 少佐はロザナ・ロハスが語った内容にあまり満足出来なかった様だ。ロハスが虚偽の証言をしたのではなく、あの女が殆どアーバル・スァットについて知識を持っていなかったからだ。つまり、ロハスは何者かに操られたのだ。
 ピソム・カッカァ遺跡で目ぼしいお宝を探していた時に、彼女は誰かに出会った。誰に会ったのか、男だったのか女だったかのか、若かったのか年寄りだったのかも思い出せないと言ったのだ。気がついたら自分の車に乗っていて、助手席に石の神像が転がっていた。そのままではいけないと思い、車を止めて、丁寧にジャケットで包んでホテルに持ち帰った。手元に置いておくのが不安で、手下に預けた。しかしその手下が突然体調を崩し、ロハスは危険を感じた。どこかに神像を運べと言われた様な気がしていたが、彼女は急いで神像を手放すことを優先した。
 グラダ・シティはピソム・カッカァ遺跡から遠かったので、彼女はオルガ・グランデに行った。そしてバルでアントニオ・バルデスと出会った。偶然の出会いとバルデスは言ったが、彼がアンゲルス社長と上手くいっていなかったことは、鉱夫を通じてロハスは知っていた。バルで出会ったのは偶然でも、最初から彼にネズミの神像を売りつけるつもりだったから、バルデスに声を掛け、部下に命じてアンゲルスの屋敷に神像を送りつけた。尤も彼女が盗み出してからアンゲルスに送りつける迄に、アーバル・スァットは粗末に扱った人間達を次々と呪い殺していた。
 アンゲルスがいつ神像の呪いの犠牲になったのか、ロハスは知らなかったし、関心もなかった。ただ自分から呪いが去ったと安堵しただけだ。だから隠れ家が政府軍に突き止められ、包囲された時、祟りはまだ終わっていなかったと驚愕した。要塞を爆破され、捕まった時、彼女は何故かやっと安心出来たのだった。

「檻の中でロハスは平和に暮らしているそうです。これ以上、あの神像のことを思い出したくないと言っていました。」

 


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第11部  紅い水晶     19

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