夕刻、ケツァル少佐は建設省に行ってみた。ロホが彼女の呼び掛けに応えて、すぐに駐車場に現れた。省庁は午後6時きっかりに閉庁するから、職員達が駐車場を行き来していた。ロホは他所から出て来たのだが、そんな職員に混ざって少佐の車のそばに来た。少佐がドア越しに後部席を指したので、彼は車内に入った。ステファン大尉の臭いが微かにしたが、大尉はいなかった。
「何か進展はありましたか?」
とロホが先に尋ねた。少佐は肩をすくめた。
「一族の誰かが神像を盗み出し、自分では使わずに他人を”操心”で動かしてイグレシアスに送りつけた様です。ロハスの証言も記憶を抜かれているので当てになりませんが、どうやら犯人は最初から大臣を狙っていたのかも知れません。ただロハスは我が強い女なので、犯人の思い通りに動かなかった。彼女は神像に恐怖を感じ、さっさと処分してしまおうと、以前アンゲルスと対立していたバルデスを思い出して神像をアンゲルスに送りつけたのです。バルデスは彼女の犯行に引き込まれた形でした。」
「ロハスの犯行に引き込まれて会社を手に入れたのなら、彼はロハスに感謝しているでしょうね。」
ロホの皮肉に、少佐は苦笑した。
「バルデスもあの神像を恐れていたでしょ? 会社は棚ボタで手に入ったのですが、彼はアーバル・スァットを心底恐れていました。今も心配して警備員をつけていた程ですからね。」
「その警備員ですが・・・」
ロホは遠くを見る目になった。
「頭を爆裂波でやられているとギャラガが報告していましたが、もしかすると救えるかも知れません。」
少佐が上体を捻って後部席を見た。それだけ驚いたのだ。
「救える?」
「スィ、一族の中に、その力を持っている方がいらっしゃる筈です。数年前に父がそんな話をしていました。」
「救えるのであれば、救ってあげたいですね・・・」
”ヴェルデ・シエロ”の最高の秘技になるだろう。秘技を持つ者は長老級の人に違いない。一族の人間にも滅多に使用しない技の筈だ。それを一介の普通の人間の治療に使ってくれるだろうか。しかし、少佐はダメもとで部下に頼んだ。
「父君にその方を紹介して頂けないでしょうか?」
ロホは「努力してみます」と答えた。
「セルバ国民を守れずして、一族の存在意義はありません。」
その時、2人の前をイグレシアス大臣の私設秘書が通った。彼等に気づかず、女性の部下2人を連れて庁舎に向かって歩いて行くところだった。少佐は車から出て、彼の背に声をかけた。
「セニョール・シショカ!」
シショカと2人の部下が立ち止まって、ほぼ同時に振り返った。シショカは目を細め、彼女を見た。
「これは、少佐・・・今日は、何か御用ですか?」
白々しい挨拶だが、少佐も「今日は」と返した。そして彼の目を見た。
ーー大臣に恨みを持つ者の手がかりを掴めましたか?
シショカは一瞬躊躇った。心にフィルターをかけたようだ。全ての情報を出したくない時の手段だ。そして返事をした。
ーー”赤の木村”(アルボレス・ロホス村)の住民
それだけだった。しかし少佐はそれに対して「グラシャス」と呟いた。シショカは小さく頭を下げて、前を向き、部下を促して去って行った。
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