2022/10/04

第8部 チクチャン     14

 「ムリリョ博士が他の”砂の民”同様に手下を国中に配していることはわかります。彼はそう言う手下達から情報を集めるのでしょう。でも、貴方はどうして色々なことをご存知なのです? 貴方も手下をお持ちなのですか?」

 テオが疑問をぶつけると、ケサダ教授はコーヒーを飲み干してから、彼を見た。

「私は”砂の民”ではありませんし、そんな手下を持つ様な地位にもいません。ただ、教え子は結構な人数です。彼等は少しでも考古学に関係しそうな物を見つけると、直ぐに互いに連絡を取り合います。当然ながら私にも知らせてくれます。彼等の中には”シエロ”もいます。その子達は、一族の安全に関わることだと判断すれば、私を含めた同胞全体に注意喚起を行なってくれます。私の義父が何者かなんて若い子達は知りません。ただ、一族の中の暗黙の了解で、誰かに注意喚起すれば、必ずどこかで長老や族長に伝わるだろうと言う考えがあるのです。ですから、嘘、デマは厳禁です。教え子でなくても、私は発掘や調査で全国に出張しますし、滞在先で知り合いや友人が出来ます。その中にも一族の人がいます。ですから、私が今回のことを知っていても、仲間は不思議に思わないのですよ。」

 テオは、彼が教授がマスケゴ族の選挙のことを知っている理由を考えた時に、ケツァル少佐が「聞こえてしまったのでしょう」と言ったことを思い出した。あの時は意味がわからなかったが、そう言うことだったのか。

「選挙の件はまだ他の部族には知られていないのですよね?」
「まだ知られていませんね。だから大統領警護隊に知って欲しかったのです。呪術を悪用して選挙活動を有利に進めようと画策している派閥がいることや、一般人を爆裂波で傷つけた大罪を犯した人間がいることや、”砂の民”達が動き出したことを、エステベス大佐に知らせておくべきだと思いました。」

 テオはとても懐かしい名前を聞いた気がした。

「エステベス大佐?」
「大統領警護隊の総司令官です。」

とケサダ教授は答えて、それからフッと小さく笑った。

「副司令官以外の隊員は誰も面会したことがないので有名ですがね。」
「誰も会ったことがないのですか?」
「どこかで会っているのかも知れませんが・・・」

 教授は壁の古い掛け時計をチラリと見た。そろそろ午後の授業が始まる時間だった。

「大統領警護隊の直接の司令業務は全て2人の副司令官によって出されるのです。ああ・・・」

 彼は苦笑した。

「これは、私がケツァルやステファン達教え子から聞いた話ですよ。一般の”シエロ”は大統領警護隊の司令官や副司令官の名前も顔も知りませんからね。」

 テオは長老会の幹部達に会った時のことを思い出した。老人達は男女関係なくお揃いの衣装を身に纏い、仮面を被って顔を隠していた。

「長老会の偉い人達は会っているんじゃないですか?」
「義父からは聞いたこともありません。」

と教授は惚けた。

「それに上のことを知ると、後がややこしいですからね。私は地面を掘って、昔の壁や祭壇を見つめて、古代に何が行われたのか、何が起きたのか考えるだけです。」

 テオは、大人しく顕微鏡を眺めていろと言われた様な気がした。

「因みに、選挙で候補を立てているのは何家族ですか?」

 訊いて良いのかどうかわからないが、訊いてみた。教授は肩をすくめただけだった。

 

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