2022/10/04

第8部 チクチャン     13

  考古学部は静かだ。学生達はそれぞれの研究テーマに沿ってグラダ・シティ近郊の遺跡や資料館、博物館へ出かけていることが多い。学内にいる時も図書館にいる。教室に出ているのは新入生ぐらいだ。教授陣もどこにいるのか所在を掴めないことが多い。テオは現在ンゲマ准教授が遺跡にいるのか学内にいるのかさえ知らなかった。その師であるケサダ教授は昨夜西サン・ペドロ通りに出没したが、今日はどうだろう?
 テオは人文学舎の入り口でケサダ教授に電話をかけてみた。教授は直ぐに出てくれた。研究室にいると言うので、面会を求めると二つ返事で許可してくれた。テオが来ることを予想していたのかも知れない。テオは手土産がなかったので、コーヒーを2つ買って持って行った。
 ケサダ教授は部屋の中に折り畳みビーチチェアを広げて、その上で寛いでいた。テオがシエスタの邪魔をしたことを詫びると、笑った。

「あまり長い時間昼寝をすると、起きるのが億劫になるので、ちょうど良いタイミングで起こして頂いたんですよ。」

 多分、自宅では赤ん坊が泣いて、安眠が難しいのかも知れない。テオが持ってきたコーヒーに感謝して、彼は上体を起こした。そしてコーヒーを一口啜ってから言った。

「昨夜のことを話しにこられたのでしょう?」
「スィ。カルロが司令部に伝えて、司令部がケツァル少佐に何か指示したらしく、彼女が不機嫌になって俺に電話して来ました。しかし、俺は何も答えられない。何も知りませんから。」

 教授がニヤッと笑った。

「本当に何もご存じない?」
「・・・と仰ると?」
「今朝、マスケゴにお会いになったでしょう?」

 全く油断も隙もない。この教授はどんな情報網を持っているのだ、とテオは呆れた。

「建設省に手下でもお持ちですか?」

とかまをかけると、教授は頷いた。

「教え子が職員の中にいますから、時々私に面白い情報を提供してくれます。教え子も大臣の私設秘書が一族の人間だと知っていますからね。あの男は有名人です。」
「では・・・」

 テオは苦笑した。

「有名過ぎるので、対立候補が彼に支持されると自分達に勝ち目がないと考えた人が、彼の注意を神像盗難に向けておきたくて、アーバル・スァット様を彼に送りつけたと?」
「私はそう考えています。だが、その行為は”砂の民”を刺激する。現にシショカは動き出したし、ムリリョ博士も部下に指図を出しました。貴方とデネロスが彼を訪問したでしょう?」
「ああ・・・」

 テオは”ヴェルデ・シエロ”達が神像を邪な考えで利用した不届き者を探し始めているのだと悟った。捜索者は文化保護担当部だけでなくなっていたのだ。だから、教授はステファンに警告を与えた。下手に文化保護担当部が動くと”砂の民”とぶつかる恐れがあると。それ故に大統領警護隊司令部に動いて欲しい、と。

「ケツァルは上官から説得されたか、あるいは指示内容に納得いかずにこれから司令部に押しかけるか、どちらかでしょう。今夕、貴方と会う時に、彼女がどんな考えを持っているか、知りたいものです。」

 テオはケサダ教授も案外好奇心の強い人だ、と思った。



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