2022/10/17

第8部 チクチャン     25

  1回目の神像窃盗は複数の犠牲者を出してしまったにも関わらず、肝心の政治家達には呪いが届かなかった。チクチャン兄妹とカスパル・シショカ・シュスはロザナ・ロハスが神像をどうしたのか知る由もなかったが、西のオルガ・グランデの大きな鉱山会社の経営者が謎の死を遂げ、呪いで殺されたと言う噂が立つと、文化・教育省の大統領警護隊の動きに注意を払った。大統領警護隊の女性少佐と部下達はグラダ・シティを離れて何処かに出張していた。そして噂がまだ消えないうちに戻って来た。
 カスパルがピソム・カッカァ遺跡を見に行って、神像が戻されていることを確認した。呪いで鉱山会社の経営者が死んだと言う噂が真実であれば、あの神像は本物だ。あれなら、両親を死なせた政治家どもを地獄に送ってやれる。イキリ立つ兄妹をカスパルが宥めた。盗難から戻ったばかりの神像を再び盗めば大統領警護隊の警戒レベルが上がってしまう。ほとぼりが冷める迄待つべきだ、と。
 チクチャン兄妹は指図されるまま、大人しく日々を過ごした。その間に祖父は亡くなり、政権が代替わりして、マリオ・イグレシアスが建設大臣に就任した。アラムは先代の建設大臣を追跡してみたが、先代は大臣職を離任して間もなく病死した。呪いとは関係なく・・・。
 チクチャン兄妹は憎悪の標的を失ってしまった。無気力になりかけた2人にカスパルが囁きかけた。
ーーイグレシアスを次の標的にしよう。政治家は皆同じだ。
 アラムは違うと言ったが、アウロラは生き甲斐が欲しかった。顔も碌に覚えていない父親の仇を討ちたかった。母を失った悲しみをぶつけたかった。
 今度は他人を利用せずに自分達で神像を盗み出し、大臣に送りつけよう。兄妹は遺跡の近くでオスタカン族の末裔を見つけ出し、神像の正しい扱い方を教わることにした。カスパルも一緒に来て、質問した相手の記憶を消して兄妹の痕跡を消す手助けをしてくれた。アウロラはそんなカスパルを頼もしく感じ、好意を抱くようになった。だがアラムはカスパルにあまり懐いておらず、時々それは兄妹喧嘩の種になった。
 アーバル・スァットの神像を盗む決行日、思いがけない事故が起きた。遺跡にはオルガ・グランデのアンゲルス鉱石が雇った警備員がいたのだ。アラムが神像を慎重に抱えた時に、警備員に見つかった。咄嗟にアウロラがナイフを出すと、カスパルが止めた。そして警備員が突然倒れた。何が起きたのか、兄妹にはわからなかったが、カスパルは「呪いだ」と言った。
 警備員は気絶しただけだとカスパルは言い、彼等は遺跡から逃走した。
 アーバル・スァット神像は粗末に扱うとその周囲の人間に無差別に呪いを振り撒く。アウロラはグラダ・シティに向かう車の中で毛布にくるんだ神像を大切に抱きかかえた。グラダ・シティの外れにあるアパートに帰ると、そこで神像を箱に詰めた。カスパルはそれを建設省に運ぶと言った。砂防ダム建設を推進したのは前大臣だから、今の建設大臣は無関係ではないかとアラムが意見すると、カスパルはイグレシアスは前大臣の子分だったから、悪党と同じなのだと言った。アウロラは運送屋の配達員を装ったアラムとカスパルが出かけるのをアパートで見送った。
 2人は建設省の受付に箱を渡して戻って来た。そして大臣が亡くなるのを待ったが、メディアは何も報じなかった。カスパルは港の仕事に戻ってしまい、チクチャン兄妹も働かねばならなかった。呪いはどうなったのか。神像は働いてくれないのか。兄妹は落ち着かなかった。
 もう一度建設省に行って、神像を取り返そうと兄妹は話し合った。カスパルが「見えなくなる」術を使えるのだから、忍び込むのは簡単だと思ったのだ。しかしカスパルは「うん」と言わなかった。
ーー大統領警護隊が動き出した。今俺達が動くのは拙い。
 そして彼はこうも言った。
ーー俺は目的を果たした。大臣の秘書は神像を盗んだ犯人を探している。今は選挙どころじゃない。だから、このまま彼を足止め出来れば良いんだ。
 チクチャン兄妹には彼の言葉の意味が理解出来なかった。”ヴェルデ・シエロ”として育ったのではない。古代の神様の子孫達の裏社会の事情など知る由もない。ただ、アラムはカスパルが本当はダムのことなんてどうでも良いのだと言うことを察した。
ーー俺達はあいつに利用されただけかも知れない。
 アラムは遺跡で倒れた警備員が気になって、調べてみた。すると警備員は死ぬ一歩手前で奇跡的に回復したと知った。病院では大変驚いて騒いでいたが、彼等は「”シエロ”が助けてくれたのだ」と囁いていた。アラムはカスパルが本当は警備員を殺すつもりだったのではないかと思った。それを”ヴェルデ・シエロ”が警備員を助けた。
ーー俺達はとんでもない間違いをしているのかも知れない。
 アラムは妹を連れてカスパルを訪ねた。そして警備員に何をしたのか、自分達は「神」を間違ったことに利用しているのではないのか、と詰め寄った。

「そこで、私の記憶は途切れた。」

とアウロラはベンチに座ったまま、目に涙を浮かべた。

「直前にカスパルと目が合った・・・と思う。思い出せるのはそれだけ。気が付いたら、カスパルはもういなくて、私は血まみれのナイフを手にして、目の前に血まみれのアラムが倒れていた。頭が真っ白になったけど、アラムはまだ意識があったの。私に医者へ連れて行けと言ったわ。どこの医者って・・・ドクトラ・バスコしか知らなかったから・・・貧しい人でも診てくれる先生って、あの夫婦しかいないでしょ?」
「それで、あの診療所にアラムを預けて、君は逃げたんだな?」

 アスルの問いに、彼女はコックリ頷いた。

「カスパルがまた襲ってくると思ったから、自分達のアパートに帰れずに、スラムに身を隠していた。他に行くところがなくて・・・それにアラムを置いて遠くへ行けない。」


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