2022/10/18

第8部 チクチャン     27

 チクチャンは、マヤ文明で使われていたツォルキン(暦)の第5番目の日。キチェ語でKan。黄色の地平線、尊敬、英知、周期、権威、正義、真実の象徴。宇宙の力の象徴。クック・クマツ(Q'uq' kumatz)が地平線に現れ、「天の心(Corazón del Cielo)」と「地の心(Corazón de la Tierra)」の存在を表明しながら地と天を結びつけた。チクチャンとは運動、宇宙の創造主、人間の進化、精神的成長、正義、真実、知性、そして平和のことである。

「こんな素晴らしい名前を持っていながら、何故古い神像の祟りを利用して政治家の殺害を図ったのか?」
「名前の由来なんか知らない。俺達の親も祖父母もただの農民だった。泥で畑が駄目になる迄は、幸せだったんだ。」

 アラム・チクチャンは本部の地下にある「留め置き場」即ち留置所の粗末なベッドの上に起き上がってセプルベダ少佐とステファン大尉から事情聴取を受けていた。大統領警護隊は既に彼と妹のアウロラから「心を盗み」、情報を得ていたが、改めて彼等自身の口から彼等の気持ちも含めて聞き取りを行っていた。ことは微妙だった。チクチャン兄妹の復讐劇なら話は単純だ。しかし、シショカ・シュスの家が絡んでいる。シショカとシュスはマスケゴ族の旧家だ。ムリリョ家とシメネス家に引けを取らない名門だ。だが現実社会に置いて、建設業で大成功を収めたムリリョ家や、その姻戚でムリリョ家と長い時代を娘や婿の遣り取りをしてきたシメネス家に比べると勢いが弱く、マスケゴ系列のミックス達にもあまり影響力がない。
 次の族長選挙はシショカ家にもシュス家にも起死回生のチャンスだった。ムリリョ家から候補者が出ていない。シメネス家は現在女性ばかりで、族長は伝統的に男性とされているマスケゴ族の慣習を崩すつもりはない。そして、現在のシショカ家はシュス家とあまり仲が良いと言えなかった。複雑な婚姻関係が存在するので、一概に誰がどこの家系とは言えないのが”ヴェルデ・シエロ”なのだが、シショカ・ムリリョやシショカ・シュス、シュス・シショカやムリリョ・シュス、シメネス・シショカ、シメネス・シュス、そんな名前が混在するマスケゴ族の族長選挙は混戦状態だった。勿論4つの大きな家系以外にもマスケゴ族はいるのだが、政治力や経済力を持たないので「有権者」であっても「候補者」にはならなかった。
 大統領警護隊は現族長ファルゴ・デ・ムリリョに候補者の氏名を訊いてみた。ムリリョ博士は機嫌が悪かった。部族内の抗争が大統領警護隊に知れ渡ってしまったのだから仕方がない。候補者は3名と彼は長老会に申告した。

「だが名を明かすことは現段階では出来ぬ。それは他の部族でも同じであろう。族長が決定する迄は、周知のことに出来ぬのだ。」

 それでは、と長老会の代表は言った。

「大統領警護隊が誰を逮捕しようと、マスケゴ族が苦情を申し立てることは許されぬ。それでよろしいか?」
「一族の秩序を保つためだ、仕方あるまい。」

 そして”砂の民”の首領でもある彼はこうも言った。

「我が朋輩が誰を罰しようと、大統領警護隊は目を瞑るべし。」

 だから、大統領警護隊遊撃班は、チクチャン兄妹を操ったカスパル・シショカ・シュスの背後に誰がいるのか、”砂の民”より先に突き止めたかった。アーバル・スァットの神像を送り付けられた建設大臣の私設秘書セニョール・シショカが”砂の民”の本領を発揮して首謀者を闇に葬ってしまわないうちに。

 

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