2022/10/26

第8部 シュスとシショカ      5

  ケマ・シショカ・アラルコンは、右手を左胸に当てて、もう一度挨拶した。

「ケマ・シショカ・アラルコン、父はペドロ・アラルコン・シュス、母はロセ・シショカ・シュス、グラダ・シティ西文化センターで職員をしています。」

 グラダ・シティの「文化センター」と言うのは、低所得者層対象のカルチャー教室や庶民のスポーツ団体などが安価で事務所や部屋を借りられる施設だ。大きな体育館か倉庫の様な建物で、内部に利用料金に合わせた広さのスペースがいくつか仕切られている。曜日によって仕切りの位置が変わることもあるので、入り口の事務所で利用者はその日自分達のグループの場所を確認する。そこの職員と言うことは、その事務所で働いていて、スペースの調整や料金の算定、徴収をしている市の職員と言う意味だ。

 ケマ・シショカ・アラルコンはゆっくりとデニムのポケットから財布を出し、身分証を出してテーブルの上に置いた。テオはそれを見たが、ムリリョ博士が見たかどうかはわからなかった。
 ややこしいが、ケマはシショカと名乗っているが、シュスの子孫だ。父系の先祖がシュスと言うべきか。
 テオはムリリョ博士に説明した。

「俺が博士をお呼びした要件はさっきの件でした。こちらの人は、俺に用事があって来たと言っていました。チャクエク・シショカに会いたいそうです。でも俺はセニョール・シショカの友人でも知人でもありません、と彼に告げたところでした。」

 ケマがムリリョ博士に頭を下げて言った。

「突然の訪問の無礼をお許し下さい。私はどうしてもチャクエク・シショカに会わなければならないのです。私の家族の命が掛かっています。」

 テオは思わずムリリョ博士を見た。ムリリョ博士も珍しくテオを見た。テオは博士から「お前に任せる」と言われた様な気がした。だからケマに質問した。

「君の家族は何か一族に反逆するようなことをしたのですか?」

 ケマがパッとテオを振り返った。明らかに驚愕していた。白人が一族に関する秘密を知っている様なことを言ったからだ。テオはさらに質問した。

「もしかすると、現在大統領警護隊に捕まっている3人と関係あるのでしょうか?」

 ケマ・シショカ・アラルコンの顔が気の毒な程白くなった。恐怖に襲われている。このまま倒れるのではないか、とテオは心配になった。彼は空いている椅子を指した。

「そこに座りなさい。落ち着いて説明して下さい。博士も俺も怒っていませんから。少なくとも、君に対して怒りを覚えることはまだ何も聞いていないし、君の家族の説明も何も聞いていません。」

 テオは自分の水のグラスをケマの前に置いた。ムリリョ博士が目で飲めと合図したので、ケマはそれを手に取り、グイッと水を仰ぎ飲んだ。
 飲み干すと深呼吸して、若者は2人の年長者を見た。

「申し訳ありません、緊張して・・・」

 彼はもう一度深呼吸した。

「私の両親は同じ女性を母に持つ異父姉妹から生まれた従兄妹同士です。」

 テオはムリリョ博士がムッとするのを感じた。異父姉妹と言うのは同母姉妹であるから、”ヴェルデ・シエロ”社会ではその子供同士も同母兄弟姉妹扱いされるのだ。つまり、近親婚と見做されるカップルの子供が、ケマと言うことになる。だが近親婚は”砂の民”の粛清の対象にならない。だからケマは恐縮する必要がないし、現代社会で蔑まれることもない。しかし、テオはケマの母親の名前を思い出した。

「君の母親は、今大統領警護隊に捕まっている男と近い血縁関係にあるのか?」

 ケマが目を伏せた。

「母と同母の弟です。」

 その時、ムリリョ博士がテオに囁いた。

「チャクエクは、シショカを名乗る全てのマスケゴの総元締めなのだ。シショカ達は祖先を辿ると全員がチャクエクの直系の祖先に行き着く。」



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