2022/10/13

第8部 チクチャン     22

  ケツァル少佐がアラム・チクチャンから「心を盗み」、アウロラ・チクチャンの顔、容姿に関する情報は大統領警護隊文化保護担当部内で共有されていた。バスコ診療所のそばに現れた若い女は確かにアウロラ・チクチャンだった。普通の若い女性だ。Tシャツに草臥れたコットンパンツ、古いスニーカー。髪型は伸ばしている髪を頭の上でお団子に結っていた。暗い診療所と灯りが灯っている医師の自宅を眺めて立っていた。
 ロホ、アスル、ギャラガは車から出た。役割はそれぞれ既に決めてあった。ロホがそれとなくアウロラの背後から自分達の位置を含めて次の角まで結界を張り、ギャラガがその結界内にいる通行人の中に怪しい人物がいないか確認する。そしてアスルがアウロラに近づいて行った。

「この近所の人?」

と彼は声をかけた。アウロラが彼を振り返った。ノ、と彼女は首を振った。

「ちょっとそこのお医者さんに用事があって来たの。」
「もう閉まっている。」
「スィ。だから、どうしようかな、と迷っている。」

 アスルは女を警戒させない距離を保って足を止めた。

「俺も医者に用事があって来た。兄貴が腹を壊して・・・」

 彼はチラッと車のそばに立っているロホを振り返って見せたが、彼女を視野に入れておくことを怠らなかった。ロホは車にもたれかかっていたが、苦しそうではなかった。いきなり芝居をしても怪しまれるだけだ。彼はアスルに言った。

「閉まっているなら、どこか薬屋に行こう。昼に食べた物が悪かっただけだ。」
「こんな時間に開いている薬屋があるもんか。」

 アウロラは同じ車から出て通りの向こうへ歩いて行くギャラガを見た。

「あの人は・・・」
「他に医者の家がないか見るって・・・無駄だよな。」

 アスルはちょっと笑って見せた。小柄で少し童顔なので、女性は大概彼の笑顔に油断する。アウロラもちょっと苦笑した。

「ここしかないから、私も来たの。」

 ギャラガが離れた位置から怒鳴った。

「誰もいない!」

 つまり、他の”ヴェルデ・シエロ”はいないと言う意味だ。アスルがチェッと舌打ちした。

「仕方がないなぁ・・・」

 彼がアウロラに向き直った途端、彼女がパッと身を翻して走りかけた。男達の正体を悟ったのではなく、不良から逃げようと言う、そんな行動だった。しかし、アスルは素早く動いた。彼女に2歩で接近すると彼女の腕を掴んだ。

「逃げるな、結界を張っている。突っ込むと脳を破壊されるぞ。」

 アウロラ・チクチャンがフリーズした。アスルの言葉の意味を正確に理解したのだ。

「”ヴェルデ・シエロ”なの?」

 ”ヴェルデ・シエロ”が”ヴェルデ・シエロ”に向かって、”ヴェルデ・シエロ”かと尋ねることは、普通あり得ない。普通は、「どの部族か?」と訊くものだ。ミックスでも”シエロ”の自覚がある者はそう言う。アスルは彼女を自分に引き寄せ、正面を向かせた。

「どの部族だ?」

 目を合わせようとすると、彼女は下を向いた。ロホが近づいて来た。ギャラガも戻って来る気配がした。ロホは結界を維持したままだ。チクチャン兄妹を操った人物を警戒していた。そいつは、爆裂波で人間を傷つける大罪人だ。警戒しなければならない。
 アスルが囁いた。

「答えないなら、こちらが先に名乗る。そちらの男はブーカ族だ。こちらへ戻って来る赤毛は白人に見えるがグラダ族だ。そして俺はオクターリャ族だ。」

 アウロラが顔を上げた。怯えた目でアスルを見た。

「カスパルの仲間じゃないの?」


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