2022/10/13

第8部 チクチャン     23

「カスパル? 誰だ、そりゃ?」

 アスルが尋ねた。そこへロホが来た。

「マスケゴ族のカスパル・シショカ・シュスのことか?」

 アスルがアウロラ・チクチャンの腕を掴んだまま彼を見た。

「シショカ・シュス? ああ・・・煉瓦工場の・・・」

 アウロラが怯えた眼差しで2人の男を見比べているので、ロホが柔らかな口調で説明した。

「私達は大統領警護隊だ。建設大臣マリオ・イグレシアスの所に強い呪いの力を持つ神像が送り付けられた事案を調べている。」

 アスルは手の中のアウロラの腕が緊張したのを感じた。彼女は心当たりがあるのだ。
 ギャラガがそばに来たので、ロホは提案した。

「車でもっと安全な場所へ移動しよう。君も来なさい、アウロラ・チクチャン。」

 名前を呼ばれて、彼女は目に涙を浮かべながら診療所を見た。アスルが言った。

「アラムは大統領警護隊が保護した。診療所では守れないからな。それに何かあれば他の患者に迷惑だ。」
「何処へ行きます?」

とギャラガが助手席のドアを開けて尋ねた。アスルが女を捕まえたままなので、このペアを後部席に乗せて、自分は助手席に座るつもりだ。車はロホのビートルなので、後部席からは逃げられない。ロホがアスルを見た。アスルが提案した。

「本部の屋外運動場ではどうだ? 俺達はまだこの女性を逮捕していないから、本部内に連行出来ない。」

 逮捕などいつでも出来るのだが、アウロラを安心させるための言葉だ。ロホは頷いた。

「そこが良いだろう。指揮官のアパートに連れて行ったら叱られる。運動場なら本部が隣にあるから、カスパル・シショカ・シュスも手が出せない。」

 ギャラガが座席の背もたれを倒して、後部席に乗るよう、女に合図した。

「押し込めたくないので、自分で乗ってくれないか?」

 無骨だが紳士的な3人の男を見比べ、やがてアウロラ・チクチャンは素直にビートルの後部席に入った。アスルが素早くその隣に入り、ギャラガが座席の背もたれを直した。
 ロホが運転席に座り、車が動き出すと、アスルはアウロラに言った。

「お前の兄貴の怪我はバスコ医師と俺達の上官の力で治した。もう命の危険はない。ただ、お前達が何をしたのか、元気になれば本部で尋問を受けることになる。」

 既に尋問は受けたのだ。と言うより上級の能力使用者によって記憶を読まれたと想像出来た。本部はアラム・チクチャンからどんな情報を引き出したのか、文化保護担当部に教えてくれないだろう。政治が絡めば尚更だ。だから文化保護担当部はアウロラから事情を聞きたかった。何故神像を盗んだのか。何故建設大臣の所に神像を送りつけたのか。どこでカスパル・シショカ・シュスと出会い、どんな形で利用されることになったのか。遺跡の警備員を爆裂波で傷つけたのは誰か。

「ちょっと気になるんですが・・・」

と助手席でギャラガがロホに尋ねた。

「カスパル・シショカ・シュスって、セニョール・シショカの親戚ですか?」

 ロホはちょっと考えてから、「スィ」と答えた。

「セニョール・シショカの母方の親族だ。どちらもシショカを名乗っているからな。詳しいことは私もよく知らないが、セニョール・シショカは親族と交流を絶っていると聞いている。」


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