2022/10/12

第8部 チクチャン     21

  ピア・バスコ医師の診療所が見える位置に車を駐車したロホ、アスル、ギャラガは車内で軽食を取った。付近は路駐が多く、屋台も出ているので彼等がそこにいても誰も怪しまない。不審者がいると通報する人間もいない。だが夜が更ける前に仕事を完了したいのは3人共に同じだった。

「遊撃班はアウロラ・チクチャンにどんな呼びかけをしたんだ?」

とアスルが往来を眺めながら呟いた。ロホが肩をすくめた。

「ただ、出て来い、と言ったんだろ?」
「それじゃ誰も出て来ませんよ。」

とギャラガが口元に付いたケチャップを指で拭き取りながら言った。アスルが黙って紙ナプキンを彼に渡した。

「遊撃班の半数が一斉に『出て来い』なんて念を送ったら、受けた方は腰を抜かします。」
「それじゃ、俺達は何て念じる?」
「『直ぐに来てくれ』で良いんじゃないか?」

とロホ。

「単純な方が良い。恐らく”感応”を使い慣れていない連中だ。どの部族にもチクチャンと名乗る家族がいないと言うことは、逸れ者家族だってことだ。」
 
 アスルが軽く咳払いした。ロホは彼を見て、それから、ハッとギャラガを見た。

「すまん、君のことを逸れ者と思ったことがなかったので・・・」
「平気です。」

 ギャラガは苦笑した。

「私の名前は母親が勝手に名乗ったんです。母親の本当の名前すら私は知りませんから、逸れ者で結構ですよ。」
「ほら、拗ねちゃったじゃないか。」

とアスルがロホを揶揄った。ロホがまたギャラガに謝り、ギャラガも恐縮して焦った。そしてアスルに「拗ねてなんかいませんから!」と怒って見せた。部族も年齢も育ちも階級も全く違う3人の大統領警護隊の隊員が兄弟の様に狭い空間でワイワイやっていると、診療所の建物から看護師達が出て来た。待合室の灯りが消えて、業務が終了したことが外部にもわかった。
 バスコの家の個人住居の部分に灯りが灯った。ロホが部下達に声をかけた。

「そろそろ始めるぞ、最初に私が送ってみる。」

 ギャラガにはロホが何もしていない様に見えた。それほど”感応”は”ヴェルデ・シエロ”にとっては微細な力しか要しない軽度の能力なのだ。少し前まで力まなければ使えなかったギャラガは、先輩の表情を見て、自分はどうなのだろうとちょっと気になった。
 アスルが尋ねた。

「どれほど待つ?」
「10分かな? 直ぐ、と言うから、その程度で次の念を送ろう。」

 3人は自然な風を装って車内で世間話をしながら診療所の様子を伺った。ピア・バスコと伴侶は夕食の席に着いたのか、一つの部屋からなかなか移動しなかった。ギャラガがあることに気がついた。

「入院患者がいるなら、別の部屋にも灯りが点いていますよね?」

 ロホとアスルは顔を見合わせた。言われてみればそうだ。アラム・チクチャンが入院していることになっているなら、診療所の方の「休養室」に寝ている筈だ。しかし、彼は大統領警護隊に連行されてしまい、診療所は真っ暗だった。
 「まずったかな」とアスルが呟いた時、ロホの視野の隅に1人の女が入った。通りを早足でやって来て、診療所が見える角で立ち止まった。暗い窓を見て、ちょっと考え込んだ様子だ。ロホは囁いた。

「来たぞ。」



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