2022/10/07

第8部 チクチャン     18

  大統領警護隊司令部からの指図通り、ケツァル少佐は本部に連絡を取り、1時間後に遊撃班の隊員達が軍用車両で現れた。彼等はアラム・チクチャンを車に乗せ、本部へ運び去った。残った少佐はピア・バスコ医師に告げた。

「あの男の妹もしくは知り合いだと言う人物が来ても、決して家の中に入れないように。アラムは大統領警護隊に保護されたとだけ、事実を伝えて下さい。あの男の記憶を共有したことは絶対に喋ってはいけません。」
「わかっています。」

とバスコ医師は、患者の情報を守る医師の守秘義務を思い出して頷いた。少佐は彼女が心細いかも知れないと思い、提案してみた。

「もし宜しければ、ビダルをこちらへ寄越してもらうよう、警備班に掛け合いますが・・・」
「大丈夫です。」

 バスコ医師も伊達に町医者を20年以上やってきた訳ではない。様々な危険な状況に面して、それを切り抜けて来た女性だった。

「”出来損ない”の私が言うのもなんですが、中途半端な力を使って他人を脅して生活しているチンピラの”出来損ない”の患者を多く手がけて来ました。自宅の守備ぐらいは1人でも出来ます。」
「失礼しました。」

 ケツァル少佐が素直に謝ると、彼女は微笑んだ。

「でも、『心を盗む』技は、流石に使えませんけどね。」
「あんな技は使わずに済む方が良いのです。」

 少佐と医師はハグを交わして別れた。
 車に乗って少佐が帰宅した時は午後の10時近くになっていた。テオはまだ夕食を食べずに待っていた。家政婦のカーラは帰した後で、少佐が部屋に入ってくると、彼が料理を温め直し、準備してくれた。2人はキスとハグを交わし、それから食卓に向かい合うと、少佐が食べながらアラム・チクチャンの話を語った。一般人のテオを巻き込むべきでないと理解していたが、彼女は彼が何も知らずにいることに我慢出来ない人だとも解っていた。

「チクチャン兄妹を操った男が何者かが、問題だな。」

とテオが感想を述べた。少佐は「スィ」と答えた。

「マスケゴ族の族長選挙が絡んでいるとすると、選挙運動はかなり早くから行われるのかい?」
「族長が決まれば、すぐに次になりたい人が運動を始めますね。なりたい人は野心家ですから。でも人望がなければ、票は入りません。」
「呪いでライバルに妨害をかける人間は人望なんてないだろう。だけど、どうして建設大臣が狙われるんだ? 大臣は昔も今も”ティエラ”じゃないのか?」
「ティエラです。遠い祖先に”シエロ”がいる人がいたかも知れませんが、少なくとも、今狙われているイグレシアスは混じりっけなしの白人です。」
「イグレシアスを狙っていると見せかけて、シショカにフェイントをかけているのかな?」
「有り得ることです。シショカは族長になるつもりがないと言っていますが、本心は分かりませんし、立候補しなくても票が集まる人はいるのです。人望があればね。ムリリョ博士も候補に立たなかったのに族長になられたのです。」
「それじゃ、ケサダ教授も族長になる可能性があるのか?」
「ないとは言い切れません。」

 しかしケツァル少佐は恩師のことは心配していない風だった。ムリリョ博士と違ってケサダ教授は経済界に知られていない。ムリリョ博士の時は、大企業の経営者だった叔父の後継者になるやも知れぬと噂が立ったのだ。マスケゴ族だけでなく、一般のセルバ国民の注目を集めた。それだけ有名企業だったのだ。考古学者として有名になる前に、ムリリョ博士は家族が経営する会社の経営者候補として有名になってしまった。だから、彼が族長に推挙された時、息子のアブラーンが票の取りまとめをしてしまったのだ。
 心配するなら、ケサダ教授ではなく、アブラーン・シメネス・デ・ムリリョの方だ。

 

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...