2022/11/16

第8部 シュスとシショカ      13

  玄関でテオとケツァル少佐を出迎えたのは、アブラーン・シメネス・デ・ムリリョの妻だった。テオ達はお招きに対する礼を述べ、土産を渡した。妻はにこやかに微笑みながら彼等をリビングへ案内した。そこにはムリリョ博士、アブラーン、博士の長女カサンドラ・シメネス・デ・ムリリョ、それにフィデル・ケサダ教授がいた。博士の次男が揃えばムリリョ家の代表者達が勢揃いになるのだろうが、次男はいなかった。
 形式通りの挨拶を交わし、少し世間話をしてからダイニングへ移動した。テオは出来るだけ室内をキョロキョロしないよう務めた。普通の家の普通の装飾だ。ミイラも遺跡からの出土品もない。落ち着いたスペイン風の陶器や絵画が飾られているだけだった。博士の個室はどんなだろうと想像したが、大学の研究室しか思い浮かばなかった。アブラーンの子供達は上の階にいるのだろう、声すら聞こえなかった。
 食前の挨拶を行ったのは、当主のアブラーンだった。

「正直なところ、父が客を招くのは滅多にないことで、本来は父が挨拶するべきですが、私にしろと命令が下ったので、僭越ながら挨拶をさせて頂きます。」

とアブラーンが茶目っ気たっぷりに喋り出した。恐らく取引先や重役達と会食する調子でしゃべっているのだ。テオはマスケゴ族の族長の家ではどんな会話が普段なされているのか想像出来なかった。だからアブラーンが普通に時候の挨拶をして、ちょっとした世間話をして場を和ませてから乾杯の音頭を取ったので、ちょっと肩透かしを食らった気分だった。そっとケサダ教授を見ると、教授も「なんで自分はここにいるのだろう」と言う顔をしていた。だがカサンドラは違った。冷ややかに兄を見て、それから少し緊張した面持ちで父親に視線を向けた。
 ムリリョ博士は口を利かなかった。食事が始まり、給仕の息子の妻や孫娘とちょっと言葉を交わしただけで、料理もあまり量を取らなかった。アブラーンが物音を立ててケサダ教授の注意を引いた。2人の義理の兄弟の間で”心話”が交わされるのをテオは見逃さなかった。微かに教授が肩をすくめた様で、アブラーンもがっかりした様子だ。

 もしかして、アブラーンと教授は何も知らされないまま、この食事会にいるのか?

 穏やかに食事が終わり、やっと博士が動いた。

「テラスでコーヒーでも如何かな、客人?」

 テオと少佐は同意した。彼等が立ち上がると、カサンドラも続いたが、アブラーンとケサダ教授は残った。驚いたことに、アブラーンが父親に苦情を言った。

「どうせ私とフィデルは除け者でしょう?」

 博士はジロリと息子を見た。

「お前達には関係ない話と言うだけのことだ。」

 するとケサダ教授が義兄に囁いた。

「選挙の話を他部族に解説するだけでしょう。」
「シュスとシショカの争いか?」

  博士がむっつりとした顔で言った。

「わかっておるなら、黙っておれ。」

 アブラーンも立ち上がると、教授に声をかけた。

「フィデル、上の階へ行こう。私達は向こうでコーヒーを飲むことにしよう。」
「良いですね。」

 教授は義兄に逆らいもせず、素直に立ち上がり、後について行った。テオはケツァル少佐を見た。てっきりアブラーンが博士の補佐を務めるかと思ったのに、その役目は娘のカサンドラが果たすようだ。


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