2022/11/17

第8部 シュスとシショカ      14

  ロカ・エテルナ社の副社長にしてファルゴ・デ・ムリリョ博士の長女カサンドラは、義理の姉にコーヒーをテラス迄運んでもらうと、当分の間そこに近づかないよう要請した。アブラーンの妻は黙って頷くと家の奥に去って行った。
 テラスは地面の上に露出した岩を削って作ったもので、4隅に篝火が焚かれていた。篝火は門の両脇にも置かれていたので、テオは客をもてなす一種の趣向だと思ったのだが、食事の時にケサダ教授が、あれは来客があると近所に伝えるものだと教えてくれた。大事な客だから、客が家にいる間は邪魔をしてくれるなと言う意思表示なのだと言う。しかしテラスの篝火は本当にただのもてなしの趣向だろう。”ヴェルデ・シエロ”は暗闇の中でも目が利くが、一般人のテオは明かりが必要だ。しかしライトの灯りでは無粋なので篝火を焚いてくれたのだ。それに”ヴェルデ・シエロ”が3人もいれば羽虫が寄って来ない。

「建設省のシショカの下に神像が送られてから、大統領警護隊が港の荷運び人のシショカ・シュスを確保する迄の、あなた方の調査の経緯と結果を、父から聞きました。」

とカサンドラが言った。

「そしてドクトル・アルストが大学で面会した文化センターの男の話も聞きました。同じ名前の人間が多い我が一族の欠点は、名前だけ聞いていると関係がよく理解出来ないことですね。」

 彼女はテオを見て苦笑した。ムリリョ博士は無言だ。無表情で娘を見ていた。

「現在、シショカを母姓に持つ家系は5つあります。全て同じ先祖を持ちます。シュスを母姓に持つ家系は7つです。こちらも同じ先祖を持っています。そしてシショカとシュスは互いに姻戚関係を結ぶ仲でもあります。」
「えっと・・・」

 思わずテオは口を挟んでしまった。悪い癖だが、疑問が頭に浮かべば質問せずにおれない性格だ。ムリリョ博士が睨んだが、彼は怯まなかった。

「アラルカンやシメネスやムリリョの家系は彼等と姻戚関係を持っていないのですか?」

 カサンドラは、恐らく会社の重役会議や商談会議で割り込みの質問に慣れているのだろう。父親の不機嫌を無視してテオの質問に答えてくれた。

「どうしてもと望まれぬ限りは、娘を馴染みの薄い家系に嫁がせることはしません。伝統的に子供達に幼い頃から交流を持たせ、成長するに従って互いを意識するように大人が段取りするのです。現代は女性の行動範囲が広がり自由に恋愛する人もいますが、私達が子供の頃はまだ結婚は親が決めるものでした。ですから、シメネスとシュスが交わることやショシカがムリリョと婚姻することはまずありませんでした。」
「アラルカンはどことペアになっていたんです? 昨日会ったケマと言う若者は、シショカ・アラルカンと名乗っていましたが・・・」

 カサンドラが薄い笑を浮かべた。

「アラルカンはシュスと婚姻を結びます。ですが普通はシショカと結婚しません。元は別の家系がペアだったのですが、その家系は死に絶えたのです。」
「死に絶えた?」

 するとムリリョ博士が珍しく皮肉っぽい笑みを浮かべて言った。

「アラルカンはケサダとペアだったのだ。」
「えっ!」

 これにはテオのみならずケツァル少佐も驚いた。テオはずっと以前にフィデル・ケサダの出生の秘密を博士から聞かされた時のことを思い出した。フィデルの母親は息子の出自を隠す為に、既に死んでしまったマスケゴ族の男の名前を出生届に書いたのだ、と。だから、今生きているケサダを名乗る男は、実際はケサダではなく、マスケゴ族でもないのだ。そしてフィデル・ケサダはシメネス・ムリリョの娘と結婚した。2人の間の子供達は十中八九シメネスの名を受け継ぎ、ケサダの名はやがて消えるだろう。それを承知でフィデルの母親は息子に絶えた家系の名を名乗らせたのだ。
 カサンドラが笑った。

「フィデルがまだ独身だった頃に、アラルカンから彼を婿に迎えたいと言う申し出がありましたの。でも父は門前払いしました。養い子には既に許婚がいると言って。勿論、私の妹のコディアが先に父に彼との結婚を許して欲しいと申し出ておりましたが、父はまだその返事をしておりませんでした。」
「その門前払いがコディアさんへの返事になったのですね?」

 テオは思わず微笑んでしまった。カサンドラは愉快そうに笑った。

「父は優秀な養い子を他所の家に取られたくなかっただけですよ。」
「アラルカン如きにフィデルをやる訳にいかなかった。連中ではあの男を扱えぬ。」

 フィデル・ケサダは純血のグラダ族だ。それを知られては困る。そして、その秘密はカサンドラも知らないのだ。彼女は単に父が養子を愛していて、他家に譲りたくないだけだと思っている。
 
「話の腰を折って申し訳ありませんでした。」

とテオは話題を修正しようと努力した。

「シショカとシュスの家系のお話でしたね?」
「スィ。」

 カサンドラは頷いた。

「大統領警護隊が捕らえた神像泥棒の男は、この家の南にある家の家族で、煉瓦工場のシショカと呼ばれている家の者です。現在はタイルを作っていますが、昔は耐火煉瓦の大手製造業社でした。」

 マスケゴ族は建築関係で古代から生業を立てていた部族だ。大手ゼネコンと言える大企業に成長したロカ・エテルナ社だが、中小の同業者や同分野の業者の情報は漏れなく収集していると見て良いだろう。そしてその情報収集が社長のアブラーンではなく副社長のカサンドラの仕事なのだ、とテオは理解した。

「煉瓦工場のシショカは過去2世紀、家族の中から族長を出していません。候補に立つのですが、その度に他の家系に負けていました。他の家系と言うのは、別のシショカやシュス、アラルカン、シメネス、そしてムリリョです。特に、別のシショカの家系とはかなり熾烈な争いをしていました。」

 カサンドラは新素材の建築材を扱うファティマ工芸と言う会社のパンフレットをケツァル少佐に渡した。少佐はそれをテオにも見えるように広げた。

「煉瓦やタイルとは違う素材で壁を造る会社なのですね?」
「スィ。壁紙や擬似タイルも造っています。」
「つまり、煉瓦工場のライバル?」
「スィ。事業でも族長選挙でもライバルなのです。」
「でもずっとファティマのシショカが勝っていた・・・」
「スィ。煉瓦工場のシショカは焦っていたでしょうね。部族内での発言権が小さくなれば、婚姻にも支障が出ますし、仕事にも影響が出て来ます。勢いのある家族は白人社会にもメスティーソの社会にもどんどん入り込めますから。ところが・・・」

 カサンドラが顔から笑みを消した。


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