2022/11/20

第8部 シュスとシショカ      15

 「ファティマのシショカに勝つことを目標としてきた煉瓦工場のシショカ達は起死回生を図って、投資をしたのです。」
「アルボレス・ロホス村・・・」
「スィ。馬鹿な投資です。今時生ゴムなど企業を立て直せるようなお金になりません。しかし彼等は賭けたのです。そしてご存知のように、あの村は泥に埋まりました。煉瓦工場は殆ど倒産寸前となりました。一族は金銭的な援助をしません。異種族から攻撃を受けて困っていると言うなら助けますが、経済的な援助はしないのです。そして我々は経済的に困窮しても一族に助けを求めません。自力で切り抜けるしかありません。」

 カサンドラはそこで冷めたコーヒーを少し口に入れた。唇を湿らせてから、彼女は続けた。

「煉瓦工場が突然借金を完済した時、正直我々は驚きました。一族だけでなく、”ティエラ”の同業者や債権者も驚いたのです。彼等はどこからお金を調達したのかと。銀行からも見放されていた会社が生き返ったのですから無理もありません。アブラーンは私に調査を命じました。煉瓦工場のシショカ達が外国から資金を得たかも知れないと危惧したのです。外国人からお金を借りたら、外国人に会社を乗っ取られる恐れがあります。セルバ共和国の守護者を自負する我々にとって、それは憂うべき事態です。煉瓦工場への出資者が外国人であれば早急に手を打たねばなりませんでした。」
「でも、出資者はいなかった・・・」

 テオの言葉に、彼女は同意した。

「いませんでした。彼等は借り入れもしていませんでした。お金は奪ったものでしたから。」

 ケマ・シショカ・アラルカンがテオとムリリョ博士に語ったことは事実だったのだ。

「彼等は娘を金持ちの白人に嫁がせました。婿を操って財産の乗っ取りを企んだのです。しかし肝心の娘がお産に失敗して死んでしまいました。そこで彼等は暴挙に出たのです。」
「ケマ・シショカ・アラルカンが俺に言った、カスパルの言葉は真実だったと言うことですか?」

 すると初めてムリリョ博士が反応した。小さく頷き、吐き捨てるように言った。

「煉瓦工場の奴らは、白人の家族を事故や病気に見せかけて皆殺しにしたのだ。連中自身は娘の敵討ちだと自分達に言い訳してな。」
「勿論、我々は今までそんな悪事が行われていたことを知りませんでした。」

 カサンドラが言い訳した。

「私は彼等の取引先や銀行ばかり調べていました。姻戚関係となった白人の身元も調べましたが、スペイン系の金持ちだとわかった以外のことに、つまりその家族が次々と死んでいることに調査を及ばせることをしなかったのです。」

 ムリリョ博士はチラリと娘を冷たい目で見た。娘や息子の仕事が完璧でなかったことへの苛立ちだ。しかしカサンドラもアブラーンも”砂の民”ではない。父親の様に各地にスパイの様な手下を持っているのでもないのだ。会社の名前で動かせる人間はいるだろうが、”砂の民”の情報収集能力とは少し違うだろう。

「私達ロカ・エテルナ社にとって、件の煉瓦工場のシショカは無視出来る存在の筈でした。ですから私も真剣さが足りなかったのです。これは父に責められても仕方がありません。」

 この場合の「父」は”砂の民”ではなく”族長”だ。カサンドラは「しかし」と続けた。

「ロカ・エテルナ、或いはムリリョやシメネスにはどうでも良いことでも、別のシショカやシュスにとって、煉瓦工場の不思議な復活は重要でした。彼等の血族の中の主導権争いになりますから。だから、ファティマのシショカが動いたのです。彼等は煉瓦工場の死んだ娘の元の許婚だったカスパル・シショカ・シュスに接触して、彼女の死の真相を探れと持ちかけたのです。」

 だが、カスパルは恋人の死の責任は彼女の実家にあると信じ、白人の婚家の死人については重要視しなかった。ファティマのシショカが望んだ煉瓦工場の足を引っ張ることではなく、煉瓦工場の人々を呪い殺すことを思いついたのだ。呪いを使えば、己が大罪に問われることはない、と考えた訳だ。

「それでカスパルは、最も簡単に、最も早く呪いの効果が出せる方法を探り、アーバル・スァット様の神像を見つけたのですね?」

 ケツァル少佐の質問に、カサンドラは頷いた。

「アーバル・スァット様が非常に気難しく扱いにくい神様であることは、オスタカン族に神像を作って与えたブーカ族の氏族の間では今でも語り伝えられています。この氏族とシュスの家で配偶者のやり取りがありました。それでカスパルは遠い親戚であるブーカ族から神像の知識を得たのです。」
「彼はオスタカン族の子孫からも情報を集めたようです。そして恋人の実家が没落する原因となったアルボレス・ロホス村の元住民を利用したのですね?」
「スィ。用心深い男でした。」
「しかし間抜けだ。」

 とムリリョ博士が吐き捨てる様に言った。

「利用しようとした村人の遠い祖先に一族の血が流れていた。そしてマヤ人の血も流れていた。だから”操心”を完全に成し得なかった。己の力を過信して、誰でも操れると思い込んだのだ。」
「それでチクチャン兄妹に反抗された・・・」

 カサンドラが薄笑いを顔に浮かべた。

「ファティマのシショカ達が全てをカスパル・シショカ・シュスに任せた訳ではありません。彼等はずっとカスパルを監視していました。いつでも煉瓦工場のシショカ家族の足を引っ張る材料を見つけるためにです。だから2人のチクチャンからカスパルの不完全な”操心”を解くと言う妨害もしたのです。」
「それじゃ、チクチャン兄妹の反抗は・・・」
「ファティマのシショカの仕業です。カスパルが焦って恋人の家族に暴挙を仕掛けることを期待したのです。」

 少佐がテオに向かって言った。

「煉瓦工場の家族に騒ぎが生じれば、建設省の秘書が動きます。セニョール・シショカは送り付けられた神像と煉瓦工場の不祥事を結びつけ、煉瓦工場の家族に粛清を与える・・・そこまでファティマの連中は考えたのでしょう。」

 テオは頭をかいた。

「君達一族は人口が少ないじゃないか。それなのに身内でそんな蹴落とし合いをして、どうするんだ? 族長に選ばれる為に、もっと理性的に一族に尽くさなきゃいけないんじゃないのか?」
「私に言わないで下さい。」

 ケツァル少佐はそう言って、カサンドラにウィンクした。カサンドラが苦笑した。

「我が部族の女は投票権がありません。父は族長職を退くので、最後の同点の場合のみ投票します。ですから、今ここで話をしている4人は、投票をしない人間です。候補者がどんな人格なのか私は知りませんから、今した話が選挙に影響があることなのか否かもわかりません。ただ、長老会は部族に関係なく選挙が公明正大に行われたことを審査します。少しでも不正があると判断されたら、その疑われた人はもうお終いです。カスパルは大統領警護隊でどこまで喋るか知りませんが、煉瓦工場もファティマも良い結果を得られないでしょう。」


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