アブラーンの妻がテラスへ出る掃き出し窓からカサンドラを呼んだ。カサンドラが振り返ると、彼女は来客を告げた。
「チャクエク・シショカさんが来られました。」
テオとケツァル少佐が驚いていると、ムリリョ博士が娘の代わりに返答した。
「こちらへ通せ。」
「承知しました。」
テオは博士に尋ねた。
「セニョール・シショカも呼ばれたのですか?」
「シショカ・シュスの人々の代表としてな。」
ムリリョ博士は族長の顔になっていた。そして娘に言った。
「客人達を中の部屋へご案内しろ。」
つまり、テオとケツァル少佐には話を聞かせたくないと言うことだ。族長と家系の代表としてではなく、”砂の民”としての話し合いなのだろうとテオは見当をつけた。
カサンドラが立ち上がったので、テオ達も席を立った。3人がリビングに入ると同時に、セニョール・シショカが反対側の入り口からリビングに入って来た。テオ達を見ても驚かなかったのは、車を見ていたからだろう。
「今晩は」
と彼はケツァル少佐とカサンドラに挨拶した。それから、テオにも不承不承会釈して、テラスに出て行った。その後ろ姿をカサンドラは無言で眺め、それからテオ達に向き直った。
「今夜はこれでお終いにしましょうか?」
「そうですね。」
と少佐が応じた。何も意見することはなかったし、出来ることもなかった。
テオは気になることを尋ねた。
「カスパル・シショカ・シュスと言う男は、やはり大罪を犯したとして処罰されるのですか?」
「人間に対して爆裂波を使いましたからね。」
とカサンドラが冷ややかに答えた。ケツァル少佐も頷いた。
「彼の行動には、何一つ同情の余地はありません。遺跡の警備員とアラム・チクチャン、2人に対して爆裂波を使ったことは、被害者が生存していようがいまいが、大罪です。それに恋人の家族を呪い殺すつもりだったのでしょう?」
「そうだけど・・・」
テオはケマ・シショカ・アラルカンの必死な表情を思い出した。
「甥っ子の助命嘆願は無駄なのか・・・」
「減刑の理由がありません。」
カサンドラは硬い表情で言った。
「助命嘆願に来た若者の母方の叔父がカスパルでしたね。若者の家族はこれから針の筵に座る思いで一族の中で生きていかねばなりません。大罪を犯した事実は、一族全般に触れられますから。」
「”ティエラ”として生きていけば良いのです。」
とケツァル少佐が言った。
「私もそうやって成長して来ましたから。」
少佐の産みの両親は大罪人だった。母親は死ぬ間際に減刑されたのだ。父親は汚名を着せられたまま殺害された。ケツァル少佐は殆ど白人同然の養父に預けられ、何も知らない白人の養母に育てられた。少佐は・・・幸福いっぱいに育った。
カサンドラが少佐を見て微笑んだ。
「大人になってから”ティエラ”として生きるのも楽ではないと思いますが、その若者は既に社会に出ているのでしょう?」
「市の職員です。」
とテオが答えると、彼女は頷いた。
「それなら乗り越えられますよ。親戚付き合いをしなければ良いと言うだけです。理性的に振る舞って、真面目に生きていれば、早晩一族の社会に戻れます。」
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