2022/11/21

第8部 シュスとシショカ      17

  翌日、仕事を終えるとケツァル少佐は部下達を彼女のアパートに集めた。テオの帰宅を待ってから、カーラの美味しい手料理を味わい、それからアーバル・スァット盗難事件捜査の終結を宣言した。

「あなた方には中途半端な印象しか残らないでしょうが・・・」

 少佐は向かいに座っているテオにウィンクした。それでテオが言葉を継いだ。

「許される範囲で俺達・・・君達と俺が調べたことをまとめてみよう。事件の真相はかなり古くから根があって、それは君達の文化や掟の問題にも繋がるから、触れないことにする。
 簡単に言えば、シショカ・シュスと言う家族には2系統あって、昔から族長をどちらから出すか、どちらが主流になるかで争ってきたと言うこと。そして君達が突き止めたカスパル・シショカ・シュスと言う男性が、個人的な怨恨で恋人の実家であり、彼自身の近い親族であるシショカ・シュスを神像の呪いで殺害しようと考えたことだ。
 恋人の実家は、カスパルの恋人がカスパルを裏切って結婚した白人の家族を様々な卑怯な方法で殺害し、その家の財産を乗っ取っていた。カスパルがその家族を呪い殺そうと考えた原因は、財産乗っ取りでなく、ただ恋人を奪われた恨みだったらしいけどね。
 問題は彼の心の闇を、もう一つのシショカ・シュスの系統が何らかの形で知ったことだ。そっちの系統は、カスパルの恋人の実家を追い落とす機会を幾つかの世代を超えて狙っていた。だからカスパルに近づき、彼に神像を用いて報復する方法をそれとなく伝えたに違いない。
 カスパルはアルボレス・ロホス村の住民だったチクチャン兄妹を利用し、操って神像を盗んだ。2回盗んで、1回目は利用しようとしたロザナ・ロハスが想定外の行動を取った為に失敗し、2回目は遺跡の警備員を爆裂波で傷つけてしまった。何とか神像を建設省に送りつけたが、それは大臣を呪い殺すのが目的ではなく、セニョール・シショカに恋人の実家が犯した悪事を調べて欲しかったのだと、大統領警護隊の取り調べでパスカルは白状したそうだ。
 俺達から見れば随分ぶっ飛んだ方法と言うか、理屈だけど、カスパルはセニョール・シショカが神像を送りつけたのがチクチャン兄妹だと突き止めるだろうと予想した。兄妹の調査からアルボレス・ロホス村の不幸をシショカが知り、村に投資したマスケゴ族の家族、つまりカスパルの恋人の実家が投資に失敗して没落した筈なのに、直ぐに立ち直った理由を探るだろう、とそこまで考えたそうだ。つまり、シショカと言う家系の総帥であるセニョール・シショカを使って、恋人の実家に復讐しようとしたんだ。だが、君達文化保護担当部の捜査でカスパルの関与が判明し、彼は捕縛された。」

 テオは口を閉じた、一気に喋ったので、喉がカラカラだった。彼が水のグラスを手に取って、口に冷たい水を流し込むと、マハルダ・デネロス少尉が質問した。

「チクチャン兄妹はどうなりますか?」

 ケツァル少佐が溜め息をついた。

「難しい質問ですね。彼等は一族ではありません。遠い祖先に一族の血が入っていて、”心話”や”感応”受信を使えますが、一族とは認められないし、一族のことを何も知りません。ですから、大統領警護隊は彼等に接触した警護隊の隊員に関することを一切口外しないよう言い含めてから、グラダ・シティ警察に引き渡すことにしました。セルバ人ですから、大統領警護隊に逆らうとどうなるか、彼等は承知しているでしょう。」
「つまり、ただの遺跡泥棒と言うことですか?」
「スィ。あまり罪を増やすと、箝口令を守ってくれなくなる恐れがありますからね。刑期を終えたら社会に戻れると言う希望を与えてやります。」
「理解しました。」

 デネロスがホッと肩の力を抜いた。彼女はチクチャン兄妹と直接対峙したことがなかった。しかし彼等を追跡調査したので、ちょっと思い入れがあるのだろう。アンドレ・ギャラガ少尉は別の人間を心配した。

「カスパルに爆裂波を喰らった警備員は、元の体に戻れますか?」

 これにはロホが答えた。

「記憶障害と言語障害が少し残るが、体はもう大丈夫だそうだ。アンゲルス鉱石は彼に簡単な仕事を用意して、これからも雇用すると約束した。」

 セルバ共和国では珍しいことだが、労災があまり補償されない国でその待遇はラッキーだ。

「カスパルは大罪人だから、当然の処分が下されるでしょうね?」

とアスルが確認した。少佐が無言で頷いた。それから、ちょっと思い出したように言った。

「バスコ診療所でアラム・チクチャンを治療した代金を、大統領警護隊はカスパルの口座から引き出してピア・バスコ先生に支払いました。」

 思わず一同は笑ってしまった。司令部ではなく、ステファン大尉がそう判断したのだろう、とその場にいた誰もが確信した。

「騒動の大元の2つの家系の方は何か処分とかあるんですか?」

 デネロスが興味を抱いて尋ねた。ロホが彼女を嗜めた。

「それは長老会レベルの話だよ、マハルダ。マスケゴ族の部族政治に絡むから、私達他部族は触れてはいけないんだ。」
「俺はセニョール・シショカが何かするんじゃないかと、心配だよ。」

とテオが正直に言った。

「族長のムリリョ博士が彼を呼びつけていたけど、あのシショカのことだ、シショカ一族の総帥として、あるいは”砂の民”として、きっと動くだろう。」
「動いても、あの男の仕事だ、誰も不自然と感じない形で粛清が行われるに決まっている。」

とアスルが囁いた。
 暫く一同は黙っていた。それぞれコーヒーや軽くワインを口にして、それからギャラガが思い出して尋ねた。

「アーバル・スァット様を遺跡に戻すのは誰です? セニョール・シショカが持って行くのですか?」

 全員が不安そうに少佐を見た。シショカは神像の扱い方を知っているだろうが、悪霊祓いや封印に関して素人だ。大統領警護隊文化保護担当部はそれが心配なのだ、とテオは理解した。少佐が大きな溜め息をついた。

「私が持って行きましょう。」



0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...