寮監の名前はカミロ・モンテスと言った。妻のマリアと2人で寮監をしているのだ。彼はマイロを2階の5号室に案内した。無口な男で、古風な鍵をマイロに渡し、シャワーとトイレは廊下の突き当たりだと教えて、さっさと去ってしまった。
マイロは汗だくだった。エレベーターがないのでスーツケースを階段で運んだのだ。イメルダ・バルリエントス博士は寮の入り口までだった。入っていけないことはなかったが、彼女の役目はそこまでだったのだ。マイロに大学周辺の地図を手渡し、夕食を取れる店をいくつか印を入れてくれた。そして明朝9時に迎えに来ますと言って去った。
マイロはスーツケースを床に置くと、まずベッドのマットレスの下を見た。それから壁に作り付けのクローゼットの中も見た。ワンルームの部屋で、奥に小さな簡易キッチンがあった。取り敢えず棚の中もチェックして、昆虫や昆虫の糞がないか調べた。作りは古いが清潔な寮な様だ。それでもスーツケースの中の衣料をクローゼットに仕舞い込む勇気が出ずに、彼は新しいシャツを出して、キッチンで水を出し、体を拭いた。
着替えが済んだ時、ドアをノックする音がした。
「どなた?」
スペイン語で尋ねると、スペイン語で返事があった。
「隣のアダン・モンロイ。」
マイロはドアを開いた。顎髭を生やした30前後のメスティーソの男性が立っていた。頭髪はちょっと縮れて肩まで伸ばしていた。彼は手にしたコーラの瓶を見せた。
「新しい隣人が来ると聞いていたもんで、ちょっとご挨拶に来た。文学部で中米の詩や散文の講師をしている。もし良ければ、中に入っても良いかな?」
マイロは部屋を振り返った。
「何もないけど、良ければどうぞ。」
モンロイは遠慮なく入って来た。コーラの瓶を数少ない家具の一つである小さなテーブルの上に置いた。
「本当に何もないな。他の荷物は明日でも来るのかい?」
「え?」
マイロはキョトンとした。
「これだけだが・・・」
モンロイと目が合った。人懐っこいクリッとした目で、文学部講師と名乗る男は彼を見返したが、すぐに目を逸らした。
「それじゃ、生活に困るだろ? 鍋とかポットとか、カップとか、何もない?」
「・・ああ・・・何もない・・・」
何故家財道具一切が揃っていると思い込んでいたのだろう、とマイロは自分で疑問に感じた。モンロイが彼をジロジロと眺めた。
「アメリカ人だと聞いていたけど・・・」
「イエス、スィ、そうだ。医学部の微生物研究室に来た。」
「じゃ、医者?」
「微生物に起因する感染症の研究をしている・・・医者と言えば医者だけど、臨床医じゃない。」
「そっか・・・」
モンロイがいきなりコーラの瓶をテーブルに打ち付けたので、マイロはびっくりした。しかし、モンロイはテーブルの縁で瓶の栓を抜いただけだった。それをマイロに手渡し、彼は残った自分の分の栓を抜いた。
「それじゃ、買い物に行くかい? 少なくとも、明日の朝のコーヒーとか要るだろ?」
このやたらと親切な歓迎振りは何なのだ? マイロは思わずモンロイを見つめた。すると、モンロイはまた目を逸らして、忠告した。
「セルバ人の目を見るな。正面から見つめると、礼儀作法に疎いと思われる。下手すると攻撃の意図ありと思われて、厄介な事態になるぜ。」
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