セルバ共和国の教育施設は午前10時頃に半時間のお茶の時間があり、正午または午後1時から午後4時または5時迄シエスタと呼ばれる昼寝の時間がある。授業は午後6時頃に終わるのだ。マイロが休憩時間にも仕事をしても良いのか、と尋ねると、それは自由だとチャパは答えた。
「だけど助手や学生に手伝わせることは出来ませんよ。」
とニヤニヤしながら言った。
「ドクトルは今日の午後、文化・教育省に各種の手続きに行かれると思いますが・・・」
「スィ、バルリエントス博士が案内してくれるそうだ。」
「役所は正午から午後2時迄シエスタです。但し、職員によってはもっと長く休憩している人もいるので、3時頃に行かれた方が無難ですよ。」
「バルリエントスも4時迄シエスタなんじゃないか?」
「役所は3時台が一番混まないんです。」
地元民がそう言うのだから、正しいのだろう。チャパはマイロを医学部のカフェに案内してくれた。職員に混ざって車椅子の人もいたので、患者も利用するのだ。2人はコーヒーを買って、テーブルに着いた。
「君はシャーガス病について、どの程度知っている?」
「一応、ドクトルに着くようにと言われて急遽勉強したんです。サシガメ類の昆虫が人間の皮膚を刺して吸血します。その時に糞もする。その糞の中に微生物クルーズトリパノゾーマ原虫がいて、刺した傷などから人間の体内に侵入し、臓器を侵します。」
チャパは症例を挙げたが、どれも文献による知識の枠を出なかった。彼はシャーガス病症例に実際に接した経験がないのだ。研究者としてでなく、患者の身近な人としての経験もなかった。
「君が知っている人で、シャーガス病の罹患者はいたかい?」
「あー・・・」
チャパは考え込んだ。
「心筋炎や栄養失調や・・・そう言う患者はいたかも知れませんが、病気の名前を聞いたことはありません。」
「だが近隣諸国では発症例があることは知っている?」
「スィ。国外に出かける時は気をつけるように、と言われます。外国には”シエロ”はいないので。」
マイロは一瞬キョトンとした。
「”空”(シエロ)がないって?」
チャパが苦笑して見せた。
「セルバの昔話に出てくる守り神です。仲良くしていたら病気や怪我を防いでくれる神様です。」
医学を勉強する人間にそぐわない発言だ。だがマイロは気にしなかった。英語にだって神を普通に会話に登場させる表現があるのだから。
チャパが小さな声で囁いた。
「さっき目を見つめて人間を支配する神様の話をしたでしょう?」
「うん。」
「その神様が”ヴェルデ・シエロ”って言うんです。セルバ人の精神的な支えです。」
「そうなのか・・・でもどうして小声で話すんだ?」
「”シエロ”はその辺にいて、こちらの会話を聞いているんです。あまり自分のことを話題に出されるのを嫌うので、大きな声で呼んではいけないのです。」
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