2022/11/30

第9部 シャーガス病     8

  微生物研究室は教授、准教授、助手を合わせて全部で17人だと言うことだった。クアドラードと呼ばれる休憩室にいた10人の他に、講義に出て来る准教授が1人、研究室にこもっている助手が2人、休んでいる准教授と助手が2人ずついた。バルリエントスは准教授だ。マイロは彼に充てがわれた研究室に案内された。誰かのお下がりの部屋と言う感じで、中古の電子顕微鏡や、質量分析器、パソコンなどが置かれている狭い部屋だった。もし助手を付けてもらっても、1人が精々だ。狭くて動きが取れなさそう、とマイロは思った。

「前の住人はどんな研究を?」

と訊くと、案内してくれた若い男性研究者が首を傾げた。

「僕が来た時にはここは既に空き部屋だったので、時々道具を使いに誰かが来る程度でした。」

 そして彼は言った。

「僕はまだ研究対象を明確にしていないので、暫くドクトルの下に着くよう言われています。」

 つまり、助手だ。確か、名前はホアン・チャパだったな、とマイロは思った。覚えやすい名前だ。

「院生かい?」
「スィ。実は遺伝病の先生の下に入ったのですが、その先生が子供を産むので休んじゃって、仕方なく微生物研究室へ鞍替えしたんです。」

 遺伝子の研究と微生物の研究か。マイロはチャパのクリッとした目を見た。チャパが慌てて目を逸らしたので、セルバのマナーを思い出し、マイロは謝った。

「すまない、目を見てはいけないんだったね。」
「心を盗まれないように、と言う昔からの作法です。」

とチャパが言った。

「古代の神様は人間の目を見つめて心を支配して言うことを聞かせた、と言い伝えられています。だから、現代でも礼儀作法として、他人の目をまともに見つめるのはタブーなんです。」
「わかった。心しておく。だけど、遺伝子と微生物の研究はかなり違うだろ?」
「微生物の遺伝子分析をするでしょう? だから僕はここで研究を続けられるだろうと、アグアージョ教授が仰って・・・」
「そうだね。これから、2人で頑張っていこう。」

 マイロが微笑んだ時、チャイムが鳴った。チャパが言った。

「お茶の時間です。」


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