「もし差し支えなければ、奥様もこちらのテーブルにお呼びして構わないでしょうか?」
マイロが訊くと、アキムは首を振って、隣室の妻に声を掛けた。
「せレーヌ、こっちへ来ておくれ。」
セレーヌが同席していた使用人達に断って、食堂へ入って来た。夫の隣の空いた席に着いた。マイロとチャパは改めて彼女に挨拶した。それでセレーヌも挨拶を返した。セルバ流に右手を左胸に当ててする挨拶だ。
「妻はアケチャ族のメスティーソです。」
とアキムが紹介すると、チャパが頷いた。
「僕もです。アケチャ族はセルバの東海岸から内陸に分布している先住民です。僕はグラダ・シティで生まれ育ちました。」
セレーヌは夫をチラリと見て、自由に喋っても構わないことを確認でもしたのだろう、やっと普通に客に向かって口を開いた。
「私はアスクラカン出身です。でも早い時期にグラダ・シティの学校に送られ、そこで教育を受けて医療に従事することになりました。故郷に戻ったのは、夫と知り合ってからです。親族とは付き合いがありますが、友達はみんなグラダ・シティにいます。ですから、街のこちら側はよく知っていますが、旧市街や北部のことはあまり馴染みがありません。もし、シャーガス病の調査で市北部に行かれる場合は、知人を紹介させて下さい。」
地方訛りがない首都で使われているスペイン語で彼女は喋った。夫と普段会話している言葉なのだろう。地元民と話す時は、地元方言を話すのかも知れない。セルバ人の中年女性はぽっちゃり体型が多いが、セレーヌは都会派らしく、スリムで化粧も垢抜けていた。
マイロは一見愛想なしに見える彼女の好意的な言葉だと解した。
「いや、昆虫を探すのが今回の目的なので、病気の発症例などは病院で聞いてみます。昆虫は民家の壁などにいるもので・・・」
アキムが遮った。
「いや、案内人がいる方が安全です。」
「安全?」
アキムとセレーヌが視線を交わした。アキムがマイロに向き直った。
「アスクラカン市北部の先住民の中にはちょっと閉鎖的な思想の人々がいます。同じ部族でも南部の住民は開けていて、他部族や異人種、外国人を好意的に受け入れてくれますが、北部の住民達はかなり警戒心が強いのです。外国人を攻撃することはないと思いますが、その、失礼ですが、貴方の肌の色が・・・」
マイロは溜め息をついた。
「目立つのですね?」
「スィ。グラダ・シティや東海岸の町村では珍しくない肌の色ですが、内陸になると保守的です。白人もあまり歓迎されません。」
「あの人達だけです。」
セレーヌが言い訳するかの様に口を挟んだ。
「3つか4つの家族が保守的なのです。ただ、その家族が財政的にも政治的にもかなり力を持っているので、北部地区の住民達は逆らわないのです。他所者が案内なしに足を踏み入れると、忽ち監視されます。手を出さなくてもジロジロみられるのです。早く川を渡って帰れと無言の圧をかけられます。本当に不愉快なんです。」
アキムが無理に笑顔を作った。
「北部地区は狭い範囲ですから、川の南側の方が資料を集めるのに適していますよ。案内が不要と仰るなら、南部だけにして下さい。アメリカから来られた方にアスクラカンの恥ずかしい部分を見せたくないのです。」
ああ、とチャパが声を出したので、マイロはそちらを見た。チャパが肩をすくめた。
「アスクラカン出身の学生仲間からも同じ話を聞いたことがあります。なんだか小説が書けそうな謎に満ちた家族だそうですよ。結婚も自分達の親戚の間で行うので、南部の同じ部族の家族とは付き合いが殆どないそうです。」
先住民を怒らせてはいけない。セルバ共和国に入る前に、亡命・移民審査官からそんな忠告を受けていたっけ。マイロは素直に「わかりました」と答えた。
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