2023/01/26

第9部 エル・ティティ        2

  どうしてもそのアメリカから帰化した遺伝子学者に会わねばならない、と言うことではなかったので、アーノルド・マイロとホアン・チャパはジューススタンドの陽気な若者と別れて散策を続けた。カリブ海沿岸ではアフリカ系の肌の黒い人は珍しくないのだが、セルバ共和国はメスティーソの比率が高いせいか、エル・ティティの様な内陸の田舎町では、マイロは目立ってしまった。どこへ行っても他人の視線を感じた。それは同伴しているチャパも同じだったらしく、彼はマイロにそっと囁きかけた。

「もし不快に感じられたら、仰って下さい。早めに晩飯を食って宿に引き上げましょう。明日はオルガ・グランデに行けると思います。向こうはましですよ。」
「何がましなんだ?」

 マイロは気を遣って欲しくなかった。母国でも保守的な色合いの強い場所へ行けば、同じ経験をするのだ。少なくともエル・ティティの住民は彼を拒絶していない。どちらかと言えば好奇心で見ている感触だった。ボリス・アキムが「人懐こい」と言ったが、マイロが抱いた感じでは、住民達は新規の旅人に恥ずかしがっている様に思えた。
 小さな町だから、散策しているうちに街外れに来てしまった。グラダ・シティやアスクラカンと違って空気が乾いている。乾燥地帯程ではないものの、過ごしやすい気候だ。

「サシガメがいるといるとしたら、民家の壁だろうな。」
「しかし他所者がいきなり訪問しても、入れてもらえません。少なくとも、さっきのジューススタンドのニイさんみたいにちょっと言葉を交わして知り合いにならないと・・・」
「あの程度で、家に招待してもらえるのか?」
「先住民でなければ、大丈夫です。」

 セルバ人は開放的だが、先住民はガードが固い。マイロは医学部で数人の先住民の学生を見かけたが、彼等は挨拶する程度で新入りの研究者に話しかけて来なかった。他の学生達がアメリカ合衆国の話を聞きたがって近づいて来るのに、連中は無関心なのだ。

「先住民の方が病気に関して情報を持っていそうだがなぁ・・・」

 マイロは細く浅い川の流れを見た。この川はアスクラカンまで流れ、そこで別の川と合流してさらに大きな川となってグラダ・シティを通り、カリブ海に流れ込むのだ。地図では単に「川」と書かれているだけだった。

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第11部  紅い水晶     19

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