2023/01/27

第9部 エル・ティティ        3

  夕食はバルで取った。エル・ティティには食事が可能な店は3軒しかなく、マイロは宿に一番近い店に入ったのだが、他の店も同じ通りにあった。セルバ流に少量の料理を小皿で数種類注文してビールを飲みながらつまむ。ハンバーガーやピザもあるが、地元民が食べている物と同じ料理を選ぶと確実に外れがない。マイロは食生活にあまりこだわらない方だったが、セルバに来てからは、食べることより味わうことが楽しくなってきた。エル・ティティは肉料理や青いバナナの料理が多く、魚料理はなかった。
 食事中、地元民が数人話しかけて来た。どこから来たのか、どんな仕事をしているのか、エル・ティティの印象はどうか。ありきたりの質問だ。そしてマイロがアメリカ人でグラダ大学で働いていると答えると、ほぼ全員が同じことを尋ねた。

「テオドール・アルストを知っているかい?」

 どうやら帰化したアメリカ人はこの街の超有名人らしい。だが、こんなちっぽけな街に、どうしてアメリカ人が住み着いたのだろう。それを尋ねると、また返答は誰もが同じ内容だった。

「それは、彼がこの街を好きになったからさ。」

 遺伝子学者はきっとバックパッカーか何かで、旅行の途中にこの街に立ち寄ってそのまま足を止めたのだろう、とマイロは考えた。
 食事が終わった時は既に午後10時を過ぎていた。セルバでは遅い時刻と言うことでない。小さな街の短い通りはまだ賑やかだった。しかし運転の疲れもあったし、翌日はオルガ・グランデまで運転するので、マイロとチャパは気の良い住民達と別れて、宿に向かった。
 「ホルヘの宿」の前に警察官が立っていた。年齢は50代半ばから60前半か?がっしりした体格で、日焼けした顔が街灯に照らされていた。着ている制服には金星や勲章の様な飾りが付いていた。平の巡査ではあるまい。マイロは「今晩は」と声をかけた。

「今晩は」

と警察官が答えた。

「こちらに宿泊しているアメリカ人とは、貴方ですか?」
「スィ、アーノルド・マイロです。」

 マイロはチャパを見た。

「こちらは僕の助手でセルバ人です。」

 チャパも自己紹介した。

「ホアン・チャパです。グラダ大学の医学部院生です。マイロ先生の助手をしています。」
「アケチャ?」
「スィ。」

 アケチャ族はセルバ共和国東部に住む部族で、多くのメスティーソ住民はアケチャ族の末裔だ。セルバ人は互いの家族の詮索をしない割に、どの部族の出身かと言うことは尋ねることがある。警察官は周囲をぐるりと見回した。

「この街はティティオワの子孫の街だ。だがアケチャの血も流れている。だから貴方は親戚だ。」

 チャパが右手を左胸に当てて、先住民の言葉で挨拶した。マイロはセルバへ来てから数回似たような光景を見たことがあった。彼の目には全部同じに見えたのだが、チャパが言うには、若輩者が目上の者へ挨拶する仕方、対等の立場で挨拶する仕方、族長や長老などの偉い人同士が挨拶する仕方、それぞれ異なっているのだそうだ。もしかすると言葉が違うのかも知れないが、彼は覚えられなかった。耳にする機会が少な過ぎた。
 多分、今のチャパの挨拶は若輩者から目上の者へのやり方なのだろう、と思った。警察官は「うん」と頷いた。そしてマイロに向き直った。

「私の倅がグラダ大学で働いています。倅は貴方に会ったことはないがお噂は耳にしていると言っていました。」

 つまり、「倅」に電話をかけてマイロの身元調査をしたのだ。マイロは少し不愉快に感じた。警察官はマイロを眺めながら言った。

「気を悪くされたと思います。だが、こちらにはこちらの事情があります。」

 警察官が続けて何かを言おうとしたのに、それをチャパが遮るように口を挟んだ。

「まさか、また反政府ゲリラが活動を始めたんじゃないでしょうね?」

 警察官が微笑んだ。意味不明の微笑だ。

「ゲリラは最近出没していません。しかし、野盗はたまに現れますからな。こちらには数日の滞在ですか?」
「ノ、明日にはオルガ・グランデに向けて発ちます。」

 マイロの言葉に、彼は「そうですか」と呟いた。

「山道を車で走っている時に、道端で呼び止めようとする人間がいても無視なさい。野盗の手先かも知れません。街に着くまで止まらないように。」

 そして、「おやすみ」と言って彼は立ち去った。
 マイロはチャパを振り返った。

「まさか、僕等を野盗の手先じゃないかと調べたのか?」
「どうでしょう。」

 チャパは肩をすくめただけだった。

 

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...