2023/02/16

第9部 セルバのアメリカ人      1

 グラダ大学に戻ると、マイロは忙しかった。先ず、旅行のレポートを医学部微生物研究室の室長ベンハミン・アグアージョ博士に提出しなければならなかった。さらに文化・教育省にも国内旅行が終了した報告を怠る訳にいかなかった。その前に、盗まれたクレジットカードの処理をカード会社に連絡し、新しいカードを作ってもらう手続きをしなければならなかった。パスポートは戻って来たが、もしかするとコピーされて悪用されるかも知れない。アメリカ大使館にも連絡を入れておいた。銀行にアクセス出来るようになると、真っ先にホアン・チャパに立て替えてもらった旅行費用を返済した。大学から一部の費用は出る筈だが、それがいつになるか見当がつかなかったので、チャパには出してもらった全額を返したのだ。
 寮友のアダン・モンロイにお守りを返して、役に立ったと告げると、モンロイは真面目な顔で話を聞いてくれた。

「僕の先祖は大昔に神と友達になったそうだ。その神がこの世から去って行く時に、僕の先祖にこの牙をくれたんだと、と言う話が家に伝わっている。」
「君の先祖はジャガーと友達だったのかい?」
「神様はジャガーなんだ。」

 モンロイはマイロの狭い部屋で、彼のベッドに腰掛けてビールを飲んでいた。ビールは彼の差し入れだ。

「この国では、森に住んでいるジャガーやマーゲイやオセロットは神様なんだ。ピューマも神様だけど、ピューマは恐ろしい神で、審判を行うと言われている。彼等を怒らせちゃいけない。」
「よその国の伝説や神話を馬鹿にするつもりはない。」

 とマイロは言った。

「でも呪いを信じて、防疫を疎かにするとシャーガス病などの厄介な病気に罹る。君も気をつけろよ。」

 すると、モンロイが首を傾げた。

「同じアメリカ人でも、君とドクトル・アルストは正反対だな。」
「ドクトル・アルスト?」

 名を口にしてから、マイロは思い出した。生物学部で遺伝子工学を教えている准教授だ。確かアメリカから帰化したと誰かが言っていたな。モンロイが窓の外に目を向けた。文化系や理系の、医学部以外の学部がある方角だ。

「アルストはセルバ人の信仰を迷信と片付けずに、真面目に受け容れるそうだ。それに彼はロス・パハロス・ヴェルデスと友達だからな、神様に守られている人って先住民の学生達は呼んでいる。」



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