2023/02/22

第9部 セルバのアメリカ人      7

  マイロは学舎の建物から出る途中、生物学部の受付事務所を見つけた。目立たないドアの部屋だが、内と外に向けた窓があり、中で事務員が2人、午後の休憩をしているのが見えた。一人はイヤフォンを付けて音楽を聴きながら雑誌を読み、もう1人はパソコンで何かの動画を見ていた。マイロが窓枠を叩くと、パソコンの前の事務員が顔を上げた。

「シエスタですよ。」
「知ってる、申し訳ない。ドクトル・アルストの携帯電話の番号を教えてもらえないだろうか?」

 マイロは己のI Dカードを提示して大学職員であることを示した。事務員がチラッとそれを見た。

「お急ぎですか?」
「面会を希望なんだ。出来れば早いうちに・・・」

 すると事務員が己の携帯を出して何かを打ち込んだ。そしてマイロに顔を向けた。

「メールを入れておきました。あの先生は数分後には返事をくれます。その辺でお待ち下さい。」

 かなり長閑な対応だ。仕方なくマイロは反対側の壁にもたれかかり、携帯で学内ニュースを眺めた。殆どが講義の予定変更や休講のお知らせだった。大学内で大きな事件があった様子はない。考古学関係では、カブラロカ遺跡発掘チームが来週半ばにグラダ・シティに帰って来る予定、とだけあった。何処のどんな遺跡なのかマイロには想像もつかなかった。頭に浮かんだのは、真っ暗な地下墓地のミイラ・・・彼は頭を振った。あんな物は早く忘れてしまおう。
 ピロンっと可愛らしいメロディが聞こえ、事務員が携帯を覗いた。彼がこちらを振り向いたので、マイロは窓に近づいた。事務員が言った。

「午後4時にカフェ・デ・オラスに行けますか?」
「大丈夫です。」
「では、そう返信しておきます。」

 アルストのメアドや電話番号を教えてくれる気配はなかった。
 マイロは礼を言って、医学部へ戻った。自身の研究室に入ると、ホアン・チャパの書き置きが机の上にあった。急用が出来たので早退する、とあった。ふと気がついて携帯を見ると、同じ内容のメールが入っていた。マイロから返事がなかったので、置き手紙だ。何となくチャパの急用の中身に察しがついた。あの若者は今恋愛中で、オルガ・グランデ旅行の間メールも電話もしなかったので、彼女がむくれてしまい、現在彼は彼女の機嫌取りに忙しいのだ。彼女から勉強を教えてくれとか、食事に行こうと誘いがあると、慌てて出かけてしまう。医者になりたいのか、彼女と一緒にいたいだけなのか、どっちなんだとマイロは呆れていた。
 仕事をする気分になれず、マイロは寮に戻った。シャワーを浴び、服を着替えた。それで時間を潰し、そろそろ出かけようと思って部屋から出ると、アダン・モンロイと出会った。向こうは帰って来たところだった。

「出かけるのかい?」
「スィ。ちょっと人と会う。仕事の話だ。」

 言い訳しなくても良いのに、そう言った。チャパの影響か? モンロイが「また虫か?」と聞いたので、笑って返した。

「ノ、これから会う人は昼間カエルを獲っていた。」
「へ?」

 キョトンとするモンロイの肩を叩いて、マイロは寮を出た。


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