2023/02/26

第9部 セルバのアメリカ人      12

  マイロがカフェ・デ・オラスを出て間も無く携帯に電話がかかって来た。画面を見るとアダン・モンロイだった。

ーー今何処にいる?
「文化・教育省の前だ。」
ーー予定がなければ、今夜一緒に飯を食わないか?

 有り難かった。孤独感を覚えかけていたマイロはそのお誘いに乗った。モンロイはマイロが何度か連れて行かれたバルを指定し、半時間後に2人はそこのカウンターで出会った。
 ビールで乾杯して、モンロイは役所に何の用事があったのかと尋ねた。

「役所じゃないんだ、下のカフェで生物学部のドクトル・アルストと会っていた。」
「研究の話かい?」
「ノ、今朝初めて会って、ランチに誘われたんだが、僕はすっぽかしてしまって。」

 あれ?とマイロは思った。どうしてすっぽかしてしまったのだろう。理由を思い出そうとしたが、思い出せなかった。モンロイがのんびり尋ねた。

「ランチって、キャンパス内のカフェで?」
「スィ。彼は学生達と野外活動した後で・・・」

 モンロイが朗らかに笑った。

「それじゃ、別にすっぽかしても誰も怒らない。教授同士のランチだったら、失礼になるだろうけど、学生達と教師が一緒のランチは誰でも参加OK、勝手にドタキャンOKさ。君が参加しようがしまいが、アルストは気がつかなかっただろうし。」
「そんなものなのか?」
「そんなもの、セルバ流だ。」
「だが、アルストはアメリカ人だ。」
「元、だよ、彼は僕等以上にセルバ人になりきっている。」

 モンロイは愉快そうだ。

「それで、さっき彼に謝っていたのか?」
「そうなんだ・・・」

 謝罪の他にも何か喋った様な気がするのだが、マイロはそれも思い出せなかった。モンロイがチラリとバルの壁の時計を見た。

「この時刻だったら、役所は閉庁だな。ドクトル・アルストは1人だったかい?」
「スィ、彼は1人だった。」

 他に誰かいたっけ?マイロは何か記憶の一部が欠落している感が拭えなかったが、やはり思い出せなかった。モンロイは彼に視線を戻した。

「閉庁時間にあの店にいたんだったら、ドクトルはロス・パハロス・ヴェルデスと一緒だったと思うがな?」
「ノ、誰も来なかったぞ。」

 僕はずっとドクトル・アルストと2人で喋っていた。マイロはそう信じていた。モンロイはそれ以上突っ込まなかった。彼が店を変えようと提案したので、マイロはその前にトイレを借りると言って、店の奥に向かった。モンロイは携帯を取り出し、メールを打った。

ーー彼は全て忘れている。

 速攻で返信が来た。

ーー了解。

 モンロイはその遣り取りを削除した。

 行きつけのバルに入った大統領警護隊文化保護担当部の隊員達とテオドール・アルストはテーブル席に陣取った。ロホの携帯にメールが着信したので、ロホは素早く返信して、その遣り取りを削除した。そして上官に報告した。

「彼は忘れたそうです。」
「何を?」

とテオが無邪気に質問した。少佐が彼に説明した。

「貴方が通話をオンにしてさっきの男性との会話を私に聞かせてくれたでしょう?」
「スィ。彼の方から俺に面会を求めて来たので、どんな内容なのか不安になってね。案の定彼は大使館の人間に接触されていた。」
「ダニエル・ウィルソンに関しては、遊撃班が対処してくれます。私はカフェで彼が私達と会ったことを忘れさせたのです。大使館が彼に接触しなければ、放置出来たのですけど。」
「俺はウィルソンとやらが彼に言ったことを不愉快に感じたけど、彼も俺の過去に不審を抱いただろうからな・・・忘れてくれた方が、今後も彼と話を交わしやすいよ。」

 テオはロホを見た。

「彼の周囲に監視を置いているのかい?」
「特に彼を対象にしている訳ではありません。”砂の民”に情報収集係として仕える古の子孫がいるように、我が警護隊にもそう言う役目の人がいます。何か一族に関わることがあれば細やかに報告してくれる奇特なボランティアです。そのうちの1人がたまたま彼と友達になったと言うだけです。」
「細やかに?」
「スィ。彼が普段と違う行動を取ったら、教えてくれる。そして、これもたまたまですが、その人の窓口が私なのです。」

 すると、アスルが言った。

「アメリカの政府機関から来た医者だからな、遊撃班も監視している。マーゲイは彼にナワルを見られたらしい。ロホの情報提供者が野良猫だと誤魔化してくれたそうだが。」
「もしかして、マイロがオルガ・グランデから帰る道中に車に乗せた太平洋警備室の隊員も、彼を監視するのが役目だった?」
「恐らく本部からの指示でしょう。だから航空機を飛べなくしたのも太平洋警備室の仕事ですよ。ただあの監視はマイロを警戒すると言うより強盗や山賊から警護する意味もあったでしょうね。」
「あの人は良い人です。楽しい思い出だけを持って帰国して欲しいです。」

とアンドレ・ギャラガが言って微笑んだ。




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