大統領警護隊の隊員達が全員立ち上がった。テオドール・アルストも立ち上がった。マイロは入り口の方向を見て、やはり立ち上がった。近づいて来るのが上官だからではなく、先住民の美女だったからだ。先に来ていた4人の隊員より年長だろうがまだ若い。そして歩き方が堂々として力と自信に満ち溢れているように見えた。まるで雌のライオンが近づいて来る様だ。否、ここは中米だ。彼女は雌のジャガーだ。
部下達が敬礼で迎え、彼女も敬礼で返した。ほんの一瞬だ。他の客が気付く暇もない程に。アルストは優しい笑みで彼女を迎えた。
「お疲れ!」
「グラシャス。」
彼はマイロを手で指して彼女に紹介した。
「グラダ大学医学部微生物研究室のアーノルド・マイロ博士だ。ドクトル、こちらは大統領警護隊文化保護担当部指揮官ミゲール少佐です。」
「初めまして。」
「初めまして。」
少佐も握手をしてくれなかった。彼女はアルストの隣に座り、彼女が座ったので隣のテーブルの部下達も座った。
「彼はシャーガス病の予防を研究しているんだ。」
とアルストが彼女に説明した。
「俺は今朝初めて彼に会ったんだが、その時にうっかり彼の専門を無視して治療薬の開発をしてくれと的外れな要求をして、彼を困らせてしまった。」
「いいえ、困ってなどいませんよ。」
マイロは苦笑した。
「ただ現場が求めていることに僕の研究がすぐに役に立てないのがもどかしいと言うだけです。」
「私には科学の難しい話は分かりません。」
と少佐が言った。
「でも時間がかかると言うことは知っています。貴方の研究がいつか実を結ぶ日が来ることを願っています。」
隣のテーブルで2人の先住民の部下達が相談を始めた。夕食をどの店で取ろうかと言う内容だ。魚が良いとか、カーラが休みとか、そんな言葉が聞こえたが、マイロを誘う提案は出なかった。
マイロはそろそろ退散した方が良さそうだと感じた。相手は軍人で、先住民で、そこにアメリカ政府から良くない心象を持たれている元アメリカ人が加わったグループだ。
マイロは腰を上げた。
「僕は寮へ帰ります。」
「そうですか、お気をつけて・・・」
アルストが立ち上がって握手してくれたが、引き留めなかった。マイロは座ったままの女性軍人を見た。彼女が顔を上げて彼の目を見た。
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