2023/02/04

第9部 古の部族       3

  オルガ・グランデのリオ・ブランカ通りにあるセラード・ホテルがその夜の宿泊場所だった。予約した訳ではなかったが、グラダ・シティを出発する前に調べたら、そのホテルが予算の範囲内で一番評判が良かった。少なくともセキュリティ上安全なのだ。だからしっかりした宿泊施設だろうと思って行ってみたら、普通の安宿だった。入ったところにロビーがあって、受付カウンターがあるのはホテルらしい体裁だ。しかし鍵をもらって2階へ上がると、トイレは共同でシャワーは一つしかなかった。マイロとチャパは隣り合う部屋に入った。ベッドと小さな物入れ用チェストがあるだけだった。冷蔵庫やテレビはない。荷物をベッドの下に押し込んで、廊下に出るとチャパも出て来た。ホテルに食事をする場所がないので、外食になる。フロントの男性に食事が出来る店を尋ねると、地図を出して来て通りを3、4本教えてくれた。そこへ行けばいくらでも店があると言う。
 ホテルから出て、2人は歩き出した。車はホテル前に路駐だ。道路脇にずらりと路駐の車が並んでいるので、少なくとも駐禁で警察に罰金を取られることはなさそうに思えた。

「セラード・ホテルにサシガメはいると思うかい?」

 マイロが尋ねると、チャパは肩をすくめた。

「セロ・オエステ村にいなければ、ここにもいないと思いますけど・・・」
「いるとすればメキシコサシガメの仲間だが・・・」

 マイロは周囲を見回した。古い石畳の道と石を基材にした家屋が並んでいる。そして広い道に出るとそこはアスファルト舗装でコンクリートのビルが建っていた。緑が少ない、と感じた。グラダ・シティに比べて街の色が白っぽい。
 昼食はエル・ティティを出る時に購入しておいたパンだけだったので、夕方にはもう空腹で堪らなかった。しかしセルバ共和国の夕食タイムは始まるのが遅い。殆どの店がまだ閉店の札を掲げていた。チャパは同国人だから慣れている。彼は大きな教会前の広場へマイロを連れて行った。そこでは気の早い屋台が早々に店を開けているところだった。
 ポジョフリート(フライドチキン)とライスの盛り合わせを頼み、道端に置かれた椅子に座って食べた。隣に座った男が、どこから来たのかと声をかけて来た。アメリカだと答えると、金を掘りに来たのか、船乗りかと訊かれた。マイロは携帯を出してサシガメの写真を見せた。

「こんな虫を見たことないですか?」

 男が目を細めて写真を見た。

「スラムに行けばいくらでもいるさ。」
「スラム?」

 男は摺鉢型の都市を囲む斜面の一角を指差した。

「まともな仕事にあり付けない連中の寝床さ。」
「虫に刺されて病気になる人もいる?」
「いるだろうさ。連中は医者にかかれないし、呪い師に払うお礼も持っていないから。」

 男がマイロをジロリと眺めた。

「昆虫学者かい?」
「まぁ、そんな様なものだけど・・・」

 研究専門の医者だと言っても、相手にはわからないだろう、とマイロは思った。男は職人風に見えた。

「貴方はこの近所の人?」
「スィ。仕立て屋だ。今日は上がってこれからバルを回る。」

 男は鶏肉の骨をしゃぶってから、マイロに注意を与えた。

「わかってるだろうが、スラムには暗くなってから近づくんじゃないぞ。」



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