ティコ・サバンをその場に待たせて、ンゲマはセルバ国立民族博物館に電話を掛けた。恩師の恩師、ファルゴ・デ・ムリリョ博士の電話番号は知っていたが、直接掛けるのは気が進まなかった。大先生は電話に出たくなければ無視する。ンゲマは無視されるのが嫌だった。
電話に出たのは博物館の職員で、館長は執務室にいると言った。そして有無を言わせず電話を館長執務室に回した。職員も館長に電話に出るか否かお伺いを立てて、拒否されたら掛けて来た人に断らなければならない、それが嫌なのだ。
電話が繋がった。ンゲマは相手より先に喋った。
「グラダ大学のンゲマです。」
すると、彼が驚いたことに、館長は機嫌が良かった。電話の向こうで、「ハイメか」と彼の名前を呼んでくれたのだ。
「スィ、お仕事の邪魔をして申し訳ありません。先生に面会を希望する人がここにいますので、少し時間を頂きたく思いました。」
ンゲマは素早く電話をサバンの口元へ持って行った。サバンはちょっと驚いた表情を見せたが、すぐに電話に話しかけた。それはンゲマが知らない先住民の言葉だった。
短い遣り取りの後で、サバンは別れの挨拶らしき言葉を呟き、電話をンゲマに返した。ンゲマが画面を見ると、既に通話は終わっていた。
「グラシャス、先生。」
とサバンは丁寧にンゲマに頭を下げた。そしてくるりと向きを変えると、空港ロビーの雑踏の中に消えて行った。
ンゲマは暫くその後ろ姿を目で追っていたが、すぐに先刻の出来事を忘れることにした。セルバ共和国の先住民には他人に詮索されることを極端に嫌う習性がある。それは白人でもメスティーソでも同じだが、この国の先住民は特にその傾向が強い。サバンが古い言語を使って喋ったのも、ンゲマや周囲を歩いている通行人に話の内容を聞かれたくなかったからだ。
ンゲマは頭を切り替え、早く家に帰ろうと歩き出した。
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