ケサダ教授から何か話があると言ってくるのは滅多にないことだ。大抵はテオが相談したいことがあって、教授を頼るのだった。だからテオはどこかで話が出来る場所を、と一瞬考えた。しかし教授はそこまで重要な要件ではなかったようだ。
「野生生物保護協会の人が貴方の研究室に仕事を依頼したと聞きましたが、新種の動物でも発見したのですか?」
ただの興味本位の世間話の様に聞こえるが、テオは教授の質問の真意を瞬時に理解した。教授はネコ科の動物に変身した”ヴェルデ・シエロ”の細胞をセルバ野生生物保護協会の人が手に入れたのではないかと心配しているのだ。だから彼は正直に答えた。
「新種ではありません。人間の骨の身元鑑定です。協会の会員が何か良くないことに巻き込まれたらしいのです。」
ケサダ教授が退くのが感じられた。犯罪捜査に首を突っ込みたくないのだ。
「人間ですか・・・」
「スィ。森の中で消息を絶った協会員を仲間で捜索したら、骨と衣類の断片を発見したそうです。死んでからそんなに日数が経っていないと思われたので、行方不明の協会員ではないかと責任者達は考え、俺のところに鑑定を依頼してきました。」
「悪い予感が当たったのですね?」
「スィ。」
すると教授は車の周囲をそっと見回した。テオも釣られて周囲を見た。ンゲマ准教授は既に車に乗り込み、駐車場から出て行くところだった。
「行方不明になっている協会員は”ティエラ”ですか?」
”ティエラ”は普通の人間と言う意味だ。”ヴェルデ・シエロ”でなく、動物に変身しない、超能力を持たない普通の人間。テオは首を振った。
「スィ、”ティエラ”です。ただ・・・」
彼はもう一度周囲を見回した。離れた場所で帰り支度をしている車の持ち主がいたが、聞こえない距離だ、と判断した。
「その骨になっていた協会員より先に行方不明になった人がもう一人いたのです。その人がどちらに分類されるかはわかりませんが、先住民出身の人で、骨になっていた人はその先住民の同僚を探しに行ったのです。」
ケサダ教授は口元に片手を当てて、考えこむポーズになった。何か心当たりでもあるのだろうか。それでテオは事件があった場所を言ってみた。
「骨が見つかったのは、アンティオワカ遺跡から西へ4キロの森の中だったそうです。」
教授が彼を見た。そして手を下ろして言った。
「この数日義父のところに数人の一族の者が訪ねて来ていました。義父が呼んだのでしょう。」
テオはドキリとした。ケサダ教授の義父はセルバ国立民族博物館の館長であり、グラダ大学考古学部の主任教授の、ファルゴ・デ・ムリリョ博士だ。博士には裏の顔がある。”ヴェルデ・シエロ”の存在を世に曝す恐れのある人間を消し去る仕事をする”砂の民”と呼ばれる集団の首領なのだった。
「貴方は依頼されたお仕事だけをなさって下さい。」
とケサダ教授が言った。
「義父とその配下が何を問題にしているのか判明する迄は誰も口出ししてはなりません。」
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