2023/12/12

第10部  依頼人     9

  その夜、テオは自宅でケツァル少佐とマルティネス大尉と3人で夕食を取った。大尉、つまりロホは住んでいるアパートの水道管が水漏れしてキッチンも浴室も使えなくなったので、修理が終わる迄テオの部屋に身を寄せることになっていた。本当は同じマカレオ通りにあるテオの旧宅、今は部下のアスルが住んでいる長屋に行きたかったのだが、アスルは彼がキャプテンを務める大統領警護隊サッカーチームの会合をするので、上官の頼みを断ったのだ。上官でも部下の都合が悪ければ平気で断られる、それが文化保護担当部の良い面だ。官舎は外へ出た隊員がいきなり泊めてくれと言って入れてくれる程寛容ではない。かと言って、恋人のグラシエラ・ステファンの家に行くのも礼儀正しいロホには無理な話で、結果として親友のテオの家に来た。テオの家は彼の上官のケツァル少佐の家でもあるのだが、幸いアパートの構造上、別の世帯の造りになっているので、テオと少佐が行き来するには、一旦玄関を出て隣のドアを開く手間が存在する。
 食事は少佐の側の部屋の食堂でするのが決まりだった。テオのキッチンは実験用の器材でいっぱいだ。せいぜいお茶を淹れることしか出来ない。少佐が雇っている家政婦のカーラは予定なしに人数が増えても動じることはないし、ロホ一人だけだから、笑顔で歓迎してくれた。
 最初の話題はロホのアパートの修繕だった。住民の負担の是非や家主の態度や工事請負業者が誰になるのかと言う話をした。ロホは水道管が直りさえすれば良いので、負担額が決まる迄口出ししないつもりだ。少佐は業者がどこの人間か気にした。いい加減な工事をされては困るし、アパートに何か良からぬ細工をされて盗聴器や盗撮機を仕掛けられてはならない、と軍人らしい見解を述べた。ロホは「気をつけます」とだけ答えた。
 アパートの話が終わると、少佐がテオを見た。

「貴方は? 何か面白い話題がありましたか?」

 少佐は他人に喋らせて聞くことを楽しむ人で、自分では話さずに他人に催促する。
 テオはちょっと考えてから、「例の遺伝子鑑定の話なんだが・・・」と切り出した。ロホが説明を求めて少佐を見た。こんな時、”ヴェルデ・シエロ”が持つ”心話”と言う能力は便利だ。目を見つめ合うだけで、一瞬で情報伝達が出来る。ロホは直ぐにテオがセルバ野生生物保護協会のロバートソン博士から骨片を託された経緯を知った。
 テオはロホが頷くのを見て、前段階の説明が省けたことを確認した。そして言った。

「骨はロバートソン博士の助手のイスマエル・コロンに間違いなかった。」

 少佐が溜め息をついた。

「殺人ですね?」
「その様だね。動物に襲われたのなら、無線機や携帯電話が消えたりしないから。」

 ロホが復習するかの様に言った。

「オラシオ・サバンと言う協会員が森の中で消息を絶ったのが2ヶ月前で、イスマエル・コロンがサバンが行方不明になっていることに気がついたのが、その10日後・・・」

 テオは訂正した。

「いや、コロンはサバンの最後の連絡から10日以上経ってから心配になった。正確な日時はロバートソンも覚えていない様だ。コロンはサバンを探すべきだと言ったが、その時は彼以外の誰もまだサバンのことを心配していなかった。コロンがサバンを探しに森に入ったのはそれから更に数日経った後だ。それからコロンも消息を絶って、それがいつなのかは聞いていない。協会はコロンからの連絡が途絶えた1週間後にやっと捜索に乗り出した。そしてアンティオワカ遺跡から西へ4キロの森の中で、骨の残骸を見つけた。」
「憲兵隊に連絡したのですか?」

とケツァル少佐。犯罪捜査は大統領警護隊文化保護担当部の仕事ではない。

「明日、ロバートソンに鑑定結果を報告する。憲兵隊に通報するのは彼女の役目だ。」

とテオは言った。大統領警護隊の2人から興味が失せていきかけた。彼は付け加えた。

「それに関係ないかも知れないが、今日の夕方ケサダ教授が奇妙な話を聞かせてくれた。」


 

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第11部  紅い水晶     19

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