2023/12/13

第10部  依頼人     10

 ケサダ教授の名前が出た途端に、ケツァル少佐とロホの表情が真面目なものになった。教授は大統領警護隊文化保護担当部の全隊員の考古学の恩師だ。そして、これは今このアパートにいる3人、テオと少佐とロホだけの秘密なのだが、フィデル・ケサダはマスケゴ族と名乗っているが本当は純血のグラダ族だった。この世で生存している全ての”ヴェルデ・シエロ”の中で一番強い超能力を持っている男だ。教授自身の性格は謙虚で穏やかだが、もし怒らせでもしたらグラダ・シティ程の都会を一つ一瞬で消し去ってしまえる力を持っている、と考えられている。だが少佐とロホが緊張したのは、思慮深く知識豊富である教授が言った言葉だ。

「奇妙な話ですって?」

と少佐が尋ねた。テオは「詳細は知らないけど・・・」と断って語り出した。

「初めは、ンゲマ准教授のところに、先住民の男性が訪ねて来たことなんだ。その男性はサバンと名乗った。」

 サバンは行方不明になっているセルバ野生生物保護協会の協会員と同じ名前だ。

「そのサバンと言う爺さんが、ムリリョ博士に話があるので紹介して欲しいとンゲマ准教授に頼んだ。それでンゲマ先生は博士に電話をかけた。サバン爺さんと博士は電話で短い会話をしたが、ンゲマ先生の知らない言葉だった。」
「一族の言葉だったのですね。」

とロホが言った。ハイメ・ンゲマ准教授は考古学の先生だ。遺跡調査などの為にセルバ国内のほぼ全部の先住民の言葉を勉強している。それが知らない言葉なら、現代は使用されていない言語だと言うことだ。 テオはロホの言葉の肯定も否定も避けた。彼が聞いた訳ではなかったから。
 
「ンゲマ先生とサバンとの接触はその場限りだったらしい。だが、翌日からムリリョ博士の自宅に先住民の客が数人出入りし始めた。博士の自宅に遊びに行っていたケサダ教授の娘達がそれを目敏く見つけて、帰宅してから父親に報告した。」

 ケサダ教授の妻コディア・シメネスはムリリョ博士の末娘だ。博士は孫を可愛いがっていて、孫娘達が彼の自宅に自由に出入りすることを許している。ケサダ教授の娘達は半分グラダ族の血を引いている。一族の人間達が隠しているつもりの微かな気配さえ敏感に感じ取るのだ。

「ケサダ教授は、本家の客達が”砂の民”だろうと推測した。”砂の民”が動く事件がどこかで起きていると考えた教授は、それとなく博物館の職員に最近館長に誰か接触しなかったかと質問した。そしてンゲマ准教授の電話を館長に取り次いだ職員を見つけた。職員からンゲマ准教授の名前を聞き出し、大学でンゲマ先生にこれもそれとなくムリリョ博士に何か考古学上の情報でも提供したのかと尋ね、サバン爺さんのことを聞き出したんだ。」

 

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第11部  紅い水晶     18

  ディエゴ・トーレスの顔は蒼白で生気がなかった。ケツァル少佐とロホは暫く彼の手から転がり落ちた紅い水晶のような物を見ていたが、やがてどちらが先ともなく我に帰った。少佐がギャラガを呼んだ。アンドレ・ギャラガ少尉が階段を駆け上がって来た。 「アンドレ、階下に誰かいましたか?」 「ノ...