2023/12/16

第10部  依頼人     13

 「憲兵隊が南部のジャングルにどれだけ捜査人員を割くのか、期待しない方が良いな。」

とアスルは言った。
 その日の夕刻だった。テオは大統領警護隊文化保護担当部の隊員達といつものバルで夕食前の一杯をやっていた。彼は簡単に「骨の鑑定結果を依頼人に伝えたら、憲兵隊に通報すると言う返答だった」と言っただけだ。仕事内容も依頼人の名前も事件現場の場所も話していない。しかしアスルはロホから目と目を見合わせるだけで出来る”心話”で状況を把握していた。

「あの人達は・・・」

とケツァル少佐がぼかした言い方をした。「あの人達」とは、”砂の民”のことだ、とすぐテオと彼女の部下達はわかった。

「サバン氏を探すことはしないでしょう。サバン氏の身内があの長老に依頼したのは、もうオラシオ・サバンがこの世にいないと確信したからです。あの人達が探すのは、罰を受けるべき人間です。」
「勿論、犯罪者に違いないだろうけど・・・」

 テオはスッキリしないものを感じた。

「俺はサバン氏を探してやりたいな。一人で森の中で眠っていると想像したら、気の毒だ。きちんと家族にお別れを言いたいだろうし。」
「家族も別れの儀式をしないと心が休まらないでしょう。」

とロホが宗教関連の家系の出らしく意見を言った。
 そこへ、遅れてやって来たアンドレ・ギャラガ少尉が合流した。

「遅くなりました。まだビールを注文する時間はありますか?」
「好きに飲みなさい。」

 ケツァル少佐は優しく答えてから、入り口へ視線を向けた。

「マハルダは来ないのですか?」
「デネロス少尉は、今夜はデートです。」

 全員がギャラガを見た。ギャラガの顔に、「しくじった」と言う後悔の表情が浮かんだ。アスルがニヤリとして、後輩を突いた。

「マハルダに彼氏が出来たのか? 最近妙に化粧に凝っていると思ったが、そう言う訳だったのか。」
「相手は誰だ?」

とロホも乗ってきた。マハルダ・デネロス少尉は美女と言うより可愛らしい娘だ。大統領警護隊の男達は彼女に関心があるし、女性隊員の中にも彼女を気に入っている人がいる。ギャラガは困ってテオを見たが、テオが助ける理由はなかった。

「彼女の相手に選ばれた幸運な男は誰だ? 俺達が知っている人間か?」
「ええっと・・・」

 ギャラガはそっと指揮官を見た。指揮官に内緒で異性と交際していることを、後輩の彼にバラされたら、デネロスは怒るだろうな、と心配したのだ。
 ケツァル少佐は優しく微笑んで見せた。

「相手次第です。」


0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...