2024/01/11

第10部  穢れの森     16

  フローレンス・エルザ・ロバートソン博士は、テオが断ろうと試みたにも関わらず、アマン地区へ同行を要請して来た。仕方なくテオは時間を約束して一旦自宅に帰り、もう一度シャワーを浴びて服装を整えてから、遺骨を綺麗な紙箱に入れ替え、コインも薄紙に包んで、自分の車で出かけた。途中でセルバ野生生物保護協会に立ち寄り、ロバートソンを拾った。彼女は青い顔をしていたが、きちんとダーク系の色の服を着て、化粧も派手にならない程度にしていた。これから会うサバンの親への礼儀だ。
 テオは遺体発見時の話を車内でしたくなかったので、サバン家のことを質問してみた。しかしロバートソン博士は仲間の個人的な情報を余り持っていなかった。それは彼女自身が余り他人の生活に関心がなかったせいもあるだろうが、やはり”ヴェルデ・シエロ”だったサバンが家族の話をしなかったからだろう。
 
「お父さんは普通の勤め人だと言っていました。グラダ・シティの地区役場に勤務して、定年で引退したのだと。お母さんは地区の小学校の先生だったそうです。」

 どれも過去形だから、両親はどの仕事でも現役ではないのだ。もしかすると虚偽なのかも知れない、とテオは思った。セルバ共和国では労働者を採用する時、親族が何をして生計を立てているかなど、余り問題にされない。テオが国立大学の准教授になれたのも、そう言うお気楽な風土のお陰があったのだ。
 アマン地区は商業地区ではなく、庶民の住宅と小さな町工場や商店が混在する、普通の街だった。日曜日だからキリスト教会へミサに行って帰る人々が歩く中を走り、やがてロバートソン博士がサバンの実家に電話で教えてもらった住所に着いた。
 庭がない、道路からいきなり立っている壁に付けられたドアの前に駐車して、車から降りた。路駐の車がずらりと並んでいて、駐禁で取り締まられることはなさそうだ。
 ドアを開くと、そこはちょっとした公園みたいになっていて、囲むように建っているアパート群の中にサバン家は住んでいた。テオが以前住んでいたマカレオ通りの平家造りの長屋を縦に伸ばした感じだ。
 ロバートソン博士は深呼吸して、テオをアパートのドアの一つに案内した。

「聞いた番地はここです。」

 ドアには番地の数字しか書かれていなかった。だが、テオは番地表示のプレートのすぐ下に、獣の爪跡のようなものを見つけた。

「これ・・・」

と指差すと、ロバートソンもちょっと目を見張った。

「大きなネコ科の動物が引っ掻いた様なあとですね。」

 流石にネコ科の研究者だ。テオは確信した。これはジャガーに変身する”ヴェルデ・シエロ”が一族だけにわかるように付けた「表札」だ、と。


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