2024/01/12

第10部  穢れの森     17

  オラシオ・サバンの父ティコ・サバンは、見た目は普通の先住民系の親父だった。清潔に洗濯されたシャツとズボンを身につけて、頭も綺麗に刈っていた。いかにも以前は役所勤めをしていた人と言う印象を与えた。
 ロバートソン博士が挨拶をする前に、テオは素早く声をかけた。

「ブエノス・ディアス、グラダ大学生物学部の准教授テオドール・アルスト・ゴンザレスと、セルバ野生生物保護協会のフローレンス・エルザ・ロバートソン博士です。」

 もしティコ・サバンが厳格な”ヴェルデ・シエロ”の伝統を重んじる人なら、初対面の女性から声を掛けるのは好まないだろうと思ったのだ。ティコ・サバンは一瞬驚いた表情をしてから、頷き、ロバートソン博士に声を掛けた。

「ティコ・サバンです。貴女が先ほど電話を下さった方ですね?」

 ロバートソン博士が「スィ」と答えた。

「突然の訪問をお許し下さって有り難うございます。実は、オラシオについて確認して頂きことがあります。」

 サバンは室内を振り返り、それからまた客に向き直った。

「中へお入り下さい。」

 テオとロバートソンは素直にアパートの中に入った。中は涼しく、思ったより明るかった。採光の良い大きな窓がリビングの奥にあり、建物の反対側も庭の様な空間であることがわかった。建物自体は3階建てだったが、このアパートはどこかに階段があるらしく、サバンの部屋は1階だけだった。大きなリビングと、小部屋らしきドアが3つ、反対側に台所やバスルームなどの水回りがある様だ。床面積は広いが、家族の人数が多ければ狭いだろう、とテオは感じた。
 サバンは古いソファを指差して、客に座るよう促した。

「何か飲まれますか?」
「ノ・・・」
「お水をお願いします。」

 テオが断りかけたのをロバートソンが遮った。断るのは失礼だ、とテオは気がつき、彼も頷いた。

「では、私も水をお願いします。」

 ティコ・サバンは台所へ行った。テオはリビングを見回した。動物の研究をしている様な気配はない。それに大勢の人間が暮らしている気配もなかった。装飾は質素で、大学の男子寮の雰囲気だ。もしかすると、と彼は感じた。ここは父と息子の2人きりの家族だったのではないか。心が重たく感じる予感だった。

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第11部  紅い水晶     21

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