2024/01/15

第10部  穢れの森     19

  テオが予想した通り、ティコ・サバンは骨が入っていると言われた箱に手を触れようとしなかった。お祓いをしていない遺骸に触れないと言う先住民(”ヴェルデ・シエロ”でも”ヴェルデ・ティエラ”でも)のしきたりだ。だからテオはそっと囁いた。

「マレンカの御曹司がしきたりに従って清めてくれました。」

 マレンカはロホの本名で実家の姓だ。そしてその名を知らないブーカ族はいない筈だった。一族の中で宗教的な権威を持つ家柄だったから。果たして、サバンはハッとした表情になり、テオの顔を見た。マレンカの名と意味を知っているこの白人は何者だ?と言う疑問を、テオはその表情から読み取った。しかしロバートソン博士が同席しているこの場で詳細を語ることは出来なかった。

「私は大統領警護隊文化保護担当部の隊員達と親しくしています。この遺骨とお守りも彼等と同行して発見し、私が持ち帰りました。」

 ロバートソン博士が何の話?と物問いた気にテオとサバンを交互に見た。サバンはテオともっと話す必要があるのかと考えたようだ。黙って水を口に含み、ゆっくり飲み下すと、静かに言った。

「息子を連れて帰って頂き、感謝します。」

 テオは長居無用と判断した。少なくとも、ロバートソン博士と同席している時にサバンと語り合うことは出来ない。彼は立ち上がった。

「セルバ共和国の自然保護の為に働いておられたご子息の無念を思うと、本当に心が痛みます。」

 ロバートソン博士も立ち上がった。彼女もこのアパートにこれ以上滞在するのは精神的に耐えられないのだろう。

「オラシオの荷物は整理して後で届けさせて頂きます。」

と彼女は告げ、そして耐えきれなくなったのか、ハンカチを出して顔に当てた。テオは彼女の肩に腕を回し、ドアへ導いた。そっとサバンを振り返ると、ティコ・サバンは箱を持ち上げたところだった。お祓いが済んだ息子の遺骨を迎え入れたのだ。
 テオは言った。

「グラダ大学の生物学部の遺伝子工学科に私はいます。」

 サバンが頷くのが見えた。

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第11部  紅い水晶     21

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