2024/01/24

第10部  追跡       5

 国境検問所の食堂は、大統領警護隊だけの場所ではなく、陸軍国境警備隊も一緒に食事をするのだ。だから料理はたっぷりあったし、アスルとギャラガも気兼ねなくテーブルに着けた。ブリサ・フレータ少尉は2人の皿に大きめの肉を載せてくれた。
 食事を始めようとした時、大統領警護隊警備班の隊長ナカイ少佐と先刻の警備兵が食堂に入って来た。ここの検問所の最高司令官に当たる人物だから、全員が立ち上がった。少佐は敬礼を兵士達と交わしてから、着席するようにと言った。

「食べながらで良いから、聞いて欲しいことがある。」

 彼がそう言うと、先刻の警備兵が一枚の大きな紙を広げ、後ろの壁に貼った。男の顔写真が3人分、コピーされていた。ナカイ少佐が言った。

「これは密猟者の手配書だ。連中は国境検問所を通らずに船で他国に動物の毛皮などを密輸していたが、最近、どうやら動物だけでなく人を殺したらしい。」

 兵士達が食事の手を止めて写真に見入った。

「殺害されたのは、セルバ野生生物保護協会の職員2名。間もなく首都でも手配書が発布されるだろう。密輸でなく国外逃亡を図る恐れがあるので、検問所でも注意して欲しい。犯人グループはもう少し人数が多い様だが、現在判明しているのはこの3人だ。」

 アスルが警備兵に伝えたのは6人だったが、写真が手に入ったのは3人だけだったのだろう。大統領警護隊の間では”心話”で6人全員の顔の情報が行き渡っている筈だ。陸軍には心で伝えられないから、手に入るだけの写真で手配を伝えた。
 陸軍兵から質問が出た。

「手配書の男だけでなく、一緒にいる連中も捕まえてよろしいですか?」

 少し乱暴だが、殺人犯の連れも一蓮托生だ、と言いたいのだ。犯罪に無関係かどうかは、捕まえてから調べる。それがこの国のやり方だ。
 ナカイ少佐は頷き、そしてアスルを見た。アスルは目で「ご協力感謝します」と伝えた。少佐は再び頷き、食堂から出て行った。

「アキレスの一味だな。」

と陸軍の方から囁きが聞こえた。

「前から怪しいと思っていたんだ。行商をしていると言いながら、妙に森へ出掛けていたからな。」
「だが、最近見かけない。以前はよくバルで見かけたんだが。」
「そう云や、半月前当たりだったか、クレトの奴が真っ青な顔でバルに来たことがあった。手が震えて酒のグラスを満足につかめていなかった。誰かが幽霊でも見たのかと揶揄っていたが、一切答えなかったな。」
「それじゃ、その時に、人を殺したんじゃないか?」

 大統領警護隊の隊員達は互いの目を見合った。その証言だけで十分だった。

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