ミーヤ・カソリック教会は大きくない。祭具室を抜けると司祭の居住区画で、廊下を通るとすぐに裏口から外に出た。町の住人が住む質素な家々が並び、すぐ向こうは森だ。アンドレ・ギャラガ少尉は教会から嗅いでいた人間の匂いがその森の方向へ向かっていることに気がついた。司祭は教会内のバザーにいたから、これは別の人間だ、と彼は思った。司祭の家族ではないだろう。司祭は妻帯しない。司祭館の家事を取り仕切る人間がいるとしたら、その人自身の住居か商店街に向かう筈だが、その匂いは森に真っ直ぐ向かっていた。
先輩中尉を振り返ると、アスルも不機嫌な顔をして森を睨んでいた。
「森に隠れたのでしょうか。」
ギャラガが尋ねると、彼は首を振った。
「この付近の森は国境破りを警戒して監視カメラを設置してある。密猟をする連中なら承知している。敢えてそんな場所に隠れるとは思えない。」
突然彼が森の方角へ走り出したので、ギャラガも急いで追いかけた。行く手を塞ぐように畑の柵があったが、2人は軽々と跳び越えた。野菜の列を跨ぎ越し、再び柵を越えて森に走り込んだ。畑を荒らす動物を遠ざけるために、柵から森の最初の植生迄の間は樹木が伐採され、土と下草の空間だ。アスルとギャラガは人間が通った痕跡を追跡した。匂いの主は走っていた。何かから逃げたのだ、きっと。ギャラガは柵を越える時に、柵の上に張られた有刺鉄線に血が付着しているのを目撃していた。怪我をしてまで逃げたかったのか? 何から?
森に入って500メートルも行かないうちにアスルが立ち止まった。ギャラガも足を止めた。酷く不快な感覚が襲ってきた。
ーー死の穢れだ・・・
虫の羽音、まだ新しい死体の臭い。
このあたりではしっかりした幹を持つ樹木が見えた。一番太い枝から大きな物がぶら下がっていた。
アスルが溜め息をついた。そしてギャラガに囁いた。
「憲兵隊に電話しろ。手配書の一人だ。」
まだ電波が届く距離だったので、ギャラガは言われた通り、電話を出した。位置確認を緯度と経度で行い、それから憲兵隊ミーヤ基地に掛けた。彼が通報している間にアスルが死体に近づいた。グルリと周囲を回って検分し、ギャラガのそばに戻った。
「物理的に誰かに強要された痕跡はない。首に締められた跡もなさそうだ。本当に首を吊っている。」
「自殺ですか?」
「見た限りではそうなる。しかし、走って行っていきなり首を吊ったりするか?」
ギャラガは少し考えてから、言った。
「”砂の民”に幻影でも見せられましたかね?」
「多分・・・殺したサバンかコロンの幽霊に追っかけられたのだろう。」
アスルは小さく「けっ」と言った。
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