2024/01/29

第10部  追跡       9

  この日は日曜日で、「土曜の軍事訓練」は終わっている筈だった。それに密猟者・殺人犯の追跡は大統領警護隊文化保護担当部の任務ではない。だからケツァル少佐はアンティオワカ遺跡で解散した時に、部下達に自己判断で捜索を切り上げて帰宅するよう命じた。
 マハルダ・デネロス少尉は森の中で体験した「死の穢れ」で精神的に参っていたので、グラダ・シティでテオドール・アルストをグラダ大学に送り届けると、そのまま次兄の家で体を休めた。彼女の新しい交際相手のファビオ・キロス中尉は所属部署が違って、少佐の部下でもなく、ただ暇だったので今回の捜索に同行した。彼はデートが仕事になってしまった感じのデネロス少尉を労わりながら、結局まだ正式に彼女の家族に紹介されていなかったので、彼女の次兄の家でシャワーを使わせてもらった後、自分の家に帰宅した。
 別れ際、彼は彼女に言った。

「この週末は楽しかった。だが次は2人だけで静かに過ごすことも考えておいてくれないか?」

 デネロスははにかみながら答えた。

「土曜日の軍事訓練は私の楽しみの一つなのです。日曜日では駄目ですか?」

 キロス中尉は無骨な笑を浮かべた。

「日曜日でも、平日の夜でも構わない。私は2ヶ月の休暇中だから。」

 2人は丁寧に別れの挨拶を交わしたのだ。
 文化保護担当部の幹部2人、ケツァル少佐とロホはグラダ・シティの憲兵隊本部に行った。日曜日だが、軍隊に曜日は関係ない。普段通りの任務をこなしている憲兵達の中を通り、2人は殺人を主に取り扱っている班を訪ねた。
 憲兵隊は”ヴェルデ・シエロ”の軍隊ではないし、幹部も普通の人間が多い。だから少佐は南の森の中で起きた殺人事件の話を詳細に語らなければならなかった。憲兵隊は既にセルバ野生生物保護協会から同様の訴えを受けていたので、ちゃんと話を聞いてくれた。それに今回は動物学者でなく大統領警護隊が相手だ。最初の通報者の時より真剣に受け止めた。

「密猟の目撃者を殺害するのは珍しくありません。しかし遺体の扱いが異常だ。」

と担当した少尉が青褪めた顔で言った。バラバラ死体や焼かれた骨などの話は好きでないのだ。誰でも好きではないが。

「密猟者のリストですが・・・」

 少尉はファイルを出してきた。数枚のページに写真が貼り付けてあった。

「逮捕歴のある人物と逃亡中の人物、要注意人物の順に綴じてあります。お心当たりがあれば教えて下さい。」

 彼はファイルを少佐に渡し、部下に呼ばれて部屋から出て行った。他の事件で何か進展があったらしい。憲兵隊は忙しい組織だった。

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