2024/02/13

第10部  追跡       20

  ムリリョ博士の部屋は、テオが想像していた通りの、一見乱雑でしかし整理整頓されている考古学者の部屋だった。書籍があちらこちらに山積みされ、古文書の様なものも置かれている。無造作に机の上で横たわっているのは、子供のミイラだ。勿論本物だろう。
 ムリリョ博士はテオに椅子を勧めるでもなく、己の席に座った。テオは仕方なく彼の机のそばに立った。目の前でミイラが目玉のない目でこっちを見ていた。

「サバンを殺害した人間がわかりました。」

とテオは要件は何かと訊かれる前に言った。その方を博士も望んでいるだろうと思った。ムリリョ博士は黙って彼を見返しただけだった。

「エンリケ・テナンと言うプンタ・マナ南部に住んでいた元農夫です。密猟で生計を立てていた様ですが、ジャガーを撃ったら人間になったので腰を抜かしたそうです。」
「エンリケ・テナン?」

と博士が低い声で復唱した。どうやら初耳の名前だったらしい。まだテオが憲兵隊に通報したことは伝わっていない様だ。テオは続けた。

「テナンは仲間の密猟者が最近続け様に3人、奇妙な死に方をしたので、”ヴェルデ・シエロ”の呪いだと怯えて、故郷を逃げ出し、グラダ・シティで働いている息子を頼って来ました。
 息子は掃除夫として働いていて、父親の密猟には関与していません。逃げて来た父親に罪の告白をされ、びっくりして俺のところに相談に来ました。彼はジャガーが人間に変身したことは信じていませんでしたが、父親が人を殺して死体を焼いて埋めたことは信じました。信じて、父親が変死することを恐れ、俺に相談に来ました。俺が大統領警護隊と親しくしているから、何か助けてもらえないかと頼って来たのです。」

 いつものことながら、ムリリョ博士は言葉を挟まなかった。まだテオが本題に入っていないと知っているからだ。テオは続けた。

「父親は罪の償いをするべきだと言う息子の言葉を聞いて、俺は息子の承諾の元で憲兵隊にエンリケ・テナンの現在地を通報しました。恐らく電話に出たのは一族の人の憲兵でしょう。俺は彼がエンリケがジャガーから変身した男の話を広めないよう手を打ってくれるものと信じています。」

 すると初めてムリリョ博士が口を開いた。

「エンリケ・テナンに手を出すな、と言いたいのか?」
「違います。」

 テオは速攻で否定した。

「エンリケ・テナンは粛清されて当然のことをしました。俺は密猟者のことはどうでも良いです。俺が心配しているのは、父親の罪の告白を聞いてしまった息子の将来です。さっき、ロホに相談して、ロホが息子の掃除夫から今から過去1日分の記憶を消してくれました。だから、息子のホルヘ・テナンには手を出さないで頂きたい。」


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第11部  紅い水晶     19

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