ムリリョ博士が溜め息をついた。
「手下達の仕事に細かく指図する権限は、儂にはない。」
「しかし・・・」
「お前は誤解している様だが、我々は上下の命令系統を持たない。儂は仲間に何が起きているのかを伝えただけだ。粛清するかしないかと決めるのは手下達だ。」
「では・・・」
「その掃除夫が父親とこれ以上接触せず、聞いた話を全て忘れているなら、お前が案ずる必要はない。マレンカの若造(ロホのこと)がどれだけ能力を発揮したか、それが決め手だ。」
博士は立ち上がった。
「儂はこれから昼に行く。お前も来ると良い。」
断れない雰囲気だったので、テオは博士に続いて部屋から出た。ムリリョ博士と食事だなんて、光栄なのだろうが、恐ろしい気もした。歩いて行くと、パティオに出る出入り口に差し掛かった。博士が外を見た。ロホがやって来るのが見えた。ホルヘ・テナンはどうしたのだろう。
ロホがそばへ来るまで博士は立ち止まって待っていた。ロホはケサダ教授の直弟子で、博士から見れば孫弟子になる。大師匠にロホは右手を左胸に当てて敬意を表した。ムリリョ博士は頷いた。そしてロホの目を見た。”心話”だ。ホルヘ・テナンに対するロホの対処方法をそれで確認したのだろう。
「掃除夫は一族にとって無害だと言うのだな?」
と言葉で博士が確認した。ロホが「無害です」と答えた。
「彼は清掃会社から派遣されて、この大学で毎日掃除をしています。父親と会ったのは2年ぶりだと彼の心が言っていました。昨日父親と会って聞いた話を記憶から消し去れば、彼は父親はまだ故郷の村にいると信じたままです。」
「では、憲兵隊が父親をどう扱うかが問題だ。」
憲兵隊はセルバ野生生物保護協会の職員を惨殺した密猟者を逮捕したことを公表するだろうか。もし公表してテレビや新聞に出たら、ホルヘ・テナンは父親の罪を再び知ることになる。だが彼はショックを受けるだけで済む。父親が殺害した人間が何者だったのか知らずに済むから。
問題は殺害犯のエンリケ・テナンだ。憲兵隊に何を喋るだろう。憲兵隊は彼の言葉をどこまで信じるだろう。
ムリリョ博士はそこまで考えないことにしたのか、ロホも昼食に誘った。ロホはぎくりとしてテオを見た。テオは肩をすくめて見せるしかなかった。断って良いことでもあるだろうか。
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