2024/02/14

第10部  粛清       1

  セニョール・シショカは”砂の民”だが、ムリリョ博士の手下ではない。マスケゴ族だが、そのナワルはジャガーではなくピューマで、だから”砂の民”の仕事をしている。だが建設大臣の私設秘書はそんなに暇な立場ではない筈だ。彼の仕事は大臣の仕事がスムーズに行く様に障害となる人物や厄介事を取り除くことだ。主に政治的に反対の立場の陣営や大臣と同じ政党のライバルの足を掬ったり、選挙で不利になるよう工作する訳だ。わざわざ森に出向いて密猟者を粛清したりしないし、ムリリョ博士の手下達が活動していると分かっていて横から手を出したりしない。
 テオはシショカが好きでなかったが、その男の筋を通すところは評価していた。

「博士に用ですか?」

とケサダ教授がシショカに尋ねた。”砂の民”は身分を秘匿するものだが、シショカは一族の間で非常に有名な男だ。少なくとも、同じ部族のマスケゴ族達は彼の顔と名前を知っているし、公の立場も知っていた。ケサダ教授はマスケゴ族として当然彼を知っていたし、シショカの方も教授がムリリョ博士の養い子で学問の弟子で、さらに博士の娘婿であることを承知していた。そして2人の間には、不思議な緊張感が存在した。
 教授は”砂の民”としてのシショカの出現を警戒していた。大学内で問題を起こして欲しくないのだ。学生も職員も、ケサダ教授が日頃守護しているセルバ国民だ。いかなる理由であれ、己が守護している場所で他人に勝手をされては困るのだ。
 シショカの方はケサダ教授が彼より強い能力を持っていることを直感で悟っていた。目の前の男は同じマスケゴ族とは思えない様な強力な超能力の持ち主だと、シショカの本能が告げていた。”ヴェルデ・シエロ”は保有する能力が強ければ強いほど、同族の者が持つ力の大きさを正確に察知する。例えばケツァル少佐のグラダ族純血種の能力を正確に悟れるのは、ブーカ族の純血種だ。ブーカ族より力が劣る他部族やメスティーソのブーカ族は、グラダ族が強いと言うのは感じ取れるが、それがどの程度強いのかは測れない。測れないから、彼等はグラダ族を怒らせることを恐れる。下手すると己の命を失いかねないからだ。シショカはブーカ族より弱いマスケゴ族だが、純血種で、”砂の民”としての修行を積み重ねてきた。だから彼はグラダ族の力を押し測ることが出来る。今、彼の目の前に立っている考古学教授は・・・ブーカ族よりも強い、と彼の本能が告げていた。
 テオは、ジャガーとピューマが牙を見せ合って威嚇し合う姿を想像してしまった。この対決は、ピューマに分が悪い。ここは大学で、ケサダ教授の縄張りだ。大臣の秘書が気張っても不利なだけだ。

「考古学の博士に用があって来たのではありません。」

と、いつもの様に、上部だけは慇懃にシショカは答えた。

「建設大臣の使者として、建築工学部の教授に面会に来たのです。」

 建築工学部はテオにはあまり接点がない場所だった。そこの教授陣も予算会議で顔を見るだけだ。大臣とどんな話をするのか、テオには見当がつかなかった。

「成る程・・・」

とケサダ教授が言った。牙を収めたがまだ飛びかかる体勢のジャガーだ。

「建築工学部は逆方向の学舎です。」

 指摘されて、シショカはハッと後ろを振り返った。本当に方向を間違えて歩いて来たのだろうか。

「ご指摘、感謝致します。」

 と彼は挨拶すると、くるりと体の向きを変え、教授が指差した方向へ歩き去った。
 テオはちょっと呆気に取られた。ケツァル少佐もちょっと笑いたいのを我慢している表情で陰気な男の姿が遠ざかって行くのを見送った。
 テオは既にケサダ教授がいなくなっていることに気がついた。ジャガーはピューマの気配を察知して追い払いに出て来ただけだった様だ。

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