2024/02/28

第10部  粛清       11

  憲兵隊のコーエン少尉がケツァル少佐とテオが住む西サン・ペドロ通りの高級集合住宅に現れたのは、夕食が始まる前だった。地上階の防犯カメラ前で、”ヴェルデ・シエロ”の憲兵は礼儀正しく、そして世間に正体を知られないよう、チャイムを鳴らして、マイクに向かって名乗った。少佐が応答し、ドアロックを遠隔操作で解除した。コーエン少尉は建物の中に入り、エレベーターではなく階段を使って7階まで上がって来た。”ヴェルデ・シエロ”がエレベーターを嫌うのか、軍人なので用心しているのか、テオにはまだわからなかった。少佐に言われて彼は共用通路に出て、少尉を迎えると、少佐ではなく彼の居住スペースに少尉を招き入れた。
 少佐が家政婦のカーラに午後8時迄は待つように、それ以降は帰宅して良いと言いつけて、テオのスペースにやって来た。
 テオの側のキッチンにも小さな冷蔵庫があり、テオはそこからミネラルウォーターの瓶を出した。簡素なリビングの質素な安楽椅子に少尉を座らせ、少佐とテオはソファに並んで座った。

「テナンの自供内容の報告です。」

とコーエン少尉が言った。彼は憲兵で、大統領警護隊に報告する義務はない筈だが、密猟者を最初に見つけたのは大統領警護隊で、そこから任務を引き継いだ形になっていたので、コーエン少尉は筋を通そうとしていた。

「密猟者のグループは実行隊が6人でした。そのうち3名は既に死亡。テナンが勾留中です。残りの2名は、テナンが言うにはまだプンタ・マナ近辺に潜伏しているだろうとのことでしたが、司法警察がグラダ・シティで1名を見かけたとの情報を得て捜査しています。最後の1名はまだ不明。」
「テナンは何と言っていますか?」

 それが重要だ。彼等密猟者は、何を見たのか。
 コーエン少尉が息を深く吸って吐いた。

「彼等は、ボスから指図をもらい、猟を暫く控えるつもりで、キャンプの撤収をしていたそうです。セルバ野生生物保護協会の会員が彼等の居場所を特定したらしく、捕まる前に隠れるつもりだったのです。だが、その作業中に、1頭のジャガーが現れました。密猟者達は森の中では保身用に常に銃を発砲出来る状態で所持しています。ジャガーが威嚇して吠えた瞬間、テナンは咄嗟に自分の銃を発射したと言っていました。」

 テオも少佐も黙っていた。何が起きたのか想像出来た。しかし彼等は口を挟まなかった。コーエン少尉が続けた。

「テナンが撃った弾丸はジャガーの額を撃ち抜いたそうです。ジャガーはその場に倒れ、人間になった、と・・・」

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第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...