ホルヘ・テナンが研究室から出て行き、たっぷり5分待ってから、テオはある人物に電話を掛けた。前夜、ケツァル少佐から、「もし事件に関連する情報があればここへ連絡を」と教えられた番号だった。10回近く呼び出しが鳴って、もう切ろうかと思った瞬間に相手が出た。
ーー憲兵隊本部、コーエン少尉・・・
テオは素早く名乗った。
「グラダ大学のアルスト准教授。」
それだけ言えば、相手はわかる、と少佐は言った。恐らく、”ヴェルデ・シエロ”の憲兵隊員だ。果たして、相手は「ああ」と声を出した。テオは挨拶抜きで要件を述べた。
「ジャガーを撃って、死体を焼いたと言う男の所在がわかった。」
テナンから聞いたアパートの住所を告げた。長い説明はしない。相手が今誰と一緒にいるのか、何をしているところなのかわからないから。
「息子は大学で掃除夫をしている。その息子からの情報だ。息子は父親の言葉を信じていないが、恐ろしいので俺に相談に来た。」
相手は短く言った。
ーー情報に感謝します。出来るだけ穏便に対処します。
そして通話が切れた。
テオは深呼吸した。テナンの父親が”砂の民”に発見される前に憲兵隊に確保されて欲しかった。あの掃除夫の若者がこれ以上泣くことがないように。
そうだ、ホルヘの記憶を消さなければ!
テオは急いで今度は少佐の番号に掛けた。少佐はすぐ出てくれたが、忙しかったのか、テオが名乗る前に、自分の電話をロホに投げ渡した様だ。男の声が応えた。
ーーロホです。
「アルストだ。頼みがある。ある人の記憶を消して欲しい。彼の命がかかっている。」
親切なロホはテオの切羽詰まった声を正く理解してくれた。
ーー承知しました。どこへ行けば良いですか。
「すぐ来てもらえるなら、大学へ・・・」
ーー承知。
通話が切れた。テオは椅子に深く腰掛けた。まだ昼前なのに、疲れた・・・。
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