コーエン少尉がテオを見たので、テオは簡単に名乗ってから、本題に入った。
「セニョール・サバン、貴方はオラシオが行方不明になった後、グラダ大学の考古学教授ムリリョ博士と電話で話をされましたね。」
サバンがピクリと体を動かした様に見えた。ムリリョ博士との通話は仲介を頼んだ”ティエラ”のンゲマ准教授しか知らないと思ったのだろう。テオはサバンの反応に気がつかなかったふりをして続けた。
「ムリリョ博士はマスケゴ族の族長です。そして大長老の一人でもある。」
普通のセルバ人が知らない”ヴェルデ・シエロ”の内部事情を言ったので、サバンは勿論のことコーエン少尉もちょっと驚いてテオをまじまじと見た。テオはそれも気づかないふりをした。
「彼はある特殊な技能職を持つ人々とも深いつながりがあります。セニョール・サバン、貴方は息子さんを殺害した犯人グループのことを博士に伝えましたか?」
コーエン少尉がサバンに向き直った。大統領警護隊ではないが、憲兵も国民から畏怖と尊敬の目で見られている。サバンは先ほどの気を放った人物が目の前の若い憲兵だとわかっていたので、嘘や誤魔化しは効かないと観念したのだろう、渋々ながら頷いた。
「スィ。”アキレスの一味”が息子をどうにかしてしまったらしいと博士に伝えました。」
何故考古学の博士にそんなことを伝えたのか、サバンは説明しなかった。どうしてムリリョ博士の裏の顔を知っているのかも言わなかった。そしてコーエン少尉の方は、博士の裏の顔に思い当たって一瞬動揺した。しかし憲兵はどうにかその動揺を抑えて、年長者のサバンに気づかれずに済ませた。ここで相手に弱みを見せてはならない。それにケツァル少佐のパートナーである白人のテオは何もかもお見通しの様だ。馬鹿にされたくなかった。
テオはさらに尋ねた。
「”アキレスの一味”のことをどうしてご存知だったのですか?」
するとティコ・サバンは部屋の隅へ歩いて行き、そこに置かれていた棚の引き出しから一冊のノートを出した。最近購入したらしいノートで、表紙もまだ綺麗だったが、テオはサバンがそれをめくっている紙面にびっしりと書き込みされているのを見た。
「息子は密猟から野生動物を守る仕事をしていました。プンタ・マナ周辺の森で暗躍する密猟者グループの調査をしていたのです。」
「これがその記録なのですね?」
「ここに犯人と思しき人間数名の名前が書かれています。グループの名前も書いてありました。」
サバンはノートを憲兵に手渡した。
「密猟者が警察と繋がっているかも知れないと思い、今までこのノートのことは黙っていました。けれど、一族の人間が憲兵にいるのだから、私はこれを貴方に託します。」
コーエン少尉はパラパラとノートをめくり、大きく頷いた。
「グラシャス、セニョール、捜査に役立てます。読み解いていくとボスの正体もわかるかも知れません。もしや、ボスのことも書かれていませんでしたか?」
サバンは首を振った。
「ノ、ボスがいるのは確かだ、と書いていますが、名前はわからない様でした。でも手がかりはあると、最後に書いてあったのです。」
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