2024/03/03

第10部  粛清       15

 「エンリケ・テナンはジャガーを撃ち殺した時に、ジャガーが人間になるところを目撃してしまったでしょう? ”砂の民”はそれを言い広められるのを阻止しようとしている・・・」

 テオが言いかけると、コーエン少尉は「違います」と遮った。

「今の時代、誰もそんなことを信じたりしません。セルバの国民ですら信じませんよ。」
「では、”砂の民”が密猟者を粛清しているのは・・・」
「1番の理由は、神聖なジャガーを撃ったことへの天罰だと国民に見せつけているのです。森を荒らすと後悔するぞと警告しているのです。そして2番目は・・・」
「一族から密猟者への報復?」
「そう言うことでしょう。」
「だがどこから”砂の民”は密猟者の情報を得たのか・・・」

 コーエン少尉がクスッと笑った。

「それを訊く為にこれからサバンの父親に会うのでしょう?」
「ああ・・・そうだった・・・」

 テオも苦笑した。
 やがてサバン親子が住んでいた古いアパート群が見えてきた。テオは記憶にある建物の前に駐車した。アパート群はまだ照明が付いている部屋が多かった。そんなに夜遅い訳ではない。
 サバンの家のドアをノックする直前にコーエン少尉が囁いた。

「居留守を使われる前に、一族の人間が来たことを知らせておきます。」

 彼は何も目立った動きをしなかった。恐らく、気を発して、存在を伝えたのだろう。テオがサバン家のドアをノックすると、すぐにドアが開いた。そしてティコ・サバンが現れた。

「こんばんは」

とテオは右手を左胸に当てて挨拶した。コーエン少尉は憲兵らしく敬礼した。ティコ・サバンは軽く頷いて、彼等を中へ案内した。
 誰もいない家だ。オラシオ・サバンの葬儀に出席していた母親と兄弟は別居していると聞いていた。父親は息子が死んだ後、一人でこの部屋に住んでいるのだ。テオはふと養父を思い出した。アントニオ・ゴンザレス署長もテオを拾う前はこんな侘しい寂しい生活だったのだろう。
 狭い居間の椅子を勧め、サバンは立ったまま質問した。

「ご用件は?」


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