2024/04/12

第10部  罪人        13

  セルバ外務省とアメリカ合衆国大使館の間で、フローレンス・エルザ・ロバートソン動物学博士の処分について話し合いがあったことは、大統領警護隊文化保護担当部に知らされなかったし、彼等は特に関心もなかった。だがマスコミは外務省の「ある筋」から情報をもらい、ロバートソンの身柄が国外追放になることを報じた。勿論、横領した援助資金を返金してからだ。ロバートソンは家財や高級車、高級ブランドの衣服を売却し、ほとんど無一文で祖国へ帰らねばならなかった。

「彼女と密猟者の繋がりをはっきりと証明する手立てがないのです。」

とテオはムリリョ博士に訴えた。彼は博物館の庭で博士を捕まえ、ベンチに並んで座らせ、強引に話し合いに持ち込んだ。博士はロバートソンの話に無関心だった、あるいは無関心を装っていて、テオの話を煩そうに聴いていた。

「彼女が指示を出していたと思える男は、既に粛清されて死んでしまいました。恐らく、誰も彼から彼女に関する情報を引き出していなかった筈です。だから、彼女が自白しない限り、我々は憶測で行動すべきではありません。」
「我々?」

 ムリリョ博士が白い眉をピクリと動かした。

「お前は儂等の仲間だと言うのか?」

 テオは肯定出来なかったが、否定もしたくなかっった。

「少なくとも、オラシオ・サバンとイスマエル・コロンを殺害した真犯人を突き止めたいと願っている仲間でしょう?」

 博士が溜め息をついた。

「サバンに銃弾を撃ち込んだのは、エンリケ・テナンです。それは本人が認めています。だが彼はジャガーと間違えて人を撃ったと言っている。誰かに命令されてサバンを殺したとは言っていません。コロンはサバンの殺害が密猟者の手によるものだと知って、口封じに殺されたのです。殺人者達とロバートソンの繋がりはどこにも物証として存在しないのです。それにテナンの心を読んでも、きっと彼女のことは出てこないでしょう。ロバートソンもテナンのことは知らないのですから。」

 ムリリョ博士は博物館前の広場で遊ぶ子供達を眺めた。

「確かに、誰も”ヴェルデ・シエロ”の存在に気がついていないし、密猟者の死が連続して起きたのは、死者の呪いだと思っている。」
「だから、”砂の民”がロバートソンを追いかける理由はありません。」

 いきなり博士が振り返ったので、テオはどきりとした。”ヴェルデ・シエロ”は目で見るだけで相手を攻撃出来る。いつも不機嫌な様子の博士に睨まれると、若い”ヴェルデ・シエロ”でさえびくつくのだ。

「あの女から手をひこう。」

と博士が囁いた。

「外国人だし、執拗に追えば、また北の国の関心を引く。だが、あの女がこのセルバの地を再び踏む様なことがあれば、その時は容赦しない。儂がいなくなった後も、その命令は生きるように、伝えておく。良いか?」

 テオは左胸に右手を当てて、承知したことを表した。

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