2024/04/08

第10部  罪人        12

 「セルバ野生生物保護協会のアメリカ人会員が、活動資金を横領して憲兵隊に逮捕された事件はご存知でしょうか?」

とテオは始めた。ロペス少佐が「スィ」と答えた。テオは続けた。

「アメリカ政府はアメリカ人が国外で罪に問われた場合、確固たる証拠がなければ、冤罪だと主張して釈放を求めて来ます。 幸い、今回の事件は横領された金の流れが憲兵隊によって掴めているので、その恐れはないと思いますが・・・」

 彼は紙に書いた文章をロペス少佐に見せた。そこには、ロバートソン博士が密かに密猟者と繋がっていたらしいこと、その密猟者がオラシオ・サバンを殺害したこと、6人いた密猟者の5人までが”砂の民”によって粛清されたこと、ロバートソンと密猟者の繋がりを示す物的証拠は何も見つかっていないし、直接連絡を取っていた人間は既に粛清されたメンバーの中にいるらしいこと、が書かれていた。
 テオは少佐が文章を最後まで読み終えたと思えたところで言い添えた。

「サバンの父親は息子の日記を持っていまして、そこにはロバートソンが悪いことをしているらしいと書かれていました。密猟者との繋がりを疑っていたのです。そしてサバンの父親は、ムリリョ博士と接触しています。」

 ロペス少佐がピクリと眉を動かした。ムリリョ博士が何者なのか、知らない彼ではなかった。外務省で事務職をしているが、大統領警護隊の司令部所属の少佐なのだ。

「そのアメリカ人の博士は危険な立場にいますね。」

と少佐は囁いた。テオは頷いた。

「推測だけでものを言いたくありませんが、彼女は2人の協会員殺害の黒幕であろうと考えられます。 そしてピューマも同じことを考えていると思うのです。」

 ピューマとは、”砂の民”の隠語だ。少佐が溜め息をついた。

「一族の存在を知らずに罪を犯したとしても、一族の人間に害をなしたのであれば、連中は決して許しはしないでしょう。殺害されたもう一人の男は一般市民ですが、彼を守るのも我々の使命なのです。彼女がどこの国の人間であろうと、このセルバで罪人は無事に生涯を全う出来るものではありません。」

 ロペス少佐はテオを見た。

「彼女をセルバ国内の刑務所に入れるのは簡単ですが、彼女が生きてそこから出られる保障はありません。また、彼女を国外追放しても、狩り人は追って行きます。」
「わかっています。」

 テオは悲しく感じながら同意した。

「ただ、粛清は本当に自然に見えるようにして頂きたい。アメリカ政府が、彼女を自然死と思うような形で・・・犯罪や事故に巻き込まれたのでは、誰かが疑いを持ちます。」

 ロペス少佐は2度目の溜め息をついた。

「私はあの考古学の御大と接点がありません。留学生の手続きは全部彼の弟子のケサダ教授の仕事ですから。しかし、なんとかやってみましょう。ロバートソンを国外追放に持ち込んでみます。外国で死んだら、我が国への疑いは持たれないでしょうから。」


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