アンヘレス・シメネス・ケサダは15歳の誕生日に、将来父と母の姓のどちらかを選ぶかと言う選択に迫られた。それは”ヴェルデ・シエロ”でなくても、セルバ共和国に住む多くの先住民族の子供達に共通の義務であり権利だった。彼女は父がケサダ姓を娘が継ぐことを望んでいないことを知っていた。父の姓は父の母親マルシオ・ケサダから受け継いだものだが、マルシオ・ケサダは本名ではなく、実際はマレシュ・ケツァルと言うのだ、とアンヘレスは知っていた。何か深い事情があって祖母は真の身元を隠し、我が子である父フィデルをケサダ姓を名乗らせることで守ったのだ。だからアンヘレスはアンヘレス・シメネスと名乗ることを父親フィデルは望んでいたし、彼女もそれを承知していた。しかし、彼女はケサダと言う姓が好きだった。父親はグラダ大学の考古学教授で、多くの弟子を育ててきた。若い学生達にとって彼はケサダ教授以外の何者でもなく、尊敬と敬愛の対象なのだ。それはアンヘレスにとって誇りであった。だから、彼女は15歳の「成年式」の前に、母に言った。
「ケサダ姓を選んでも良いでしょう?」
母コディア・シメネスは優しく微笑んだ。そして頷いた。
「貴女が選ぶ名前に誰もクレームはつけませんよ。」
「でもパパは喜ばないと思うわ。」
「そうかしら?」
コディアはチラリと夫の書斎のドアを見た。
「貴女のパパは貴女がケサダの名を選べば誇りに思うわよ。」
「そうだといいけど・・・」
アンヘレスが自信なさげに呟くと、夫のことは何でも承知しているとばかりにコディアは優しく彼女の肩を手でさすった。
「パパは決してケサダの名を軽く考えていません。誰から貰ったにせよ、その名前はパパを今日まで守ってきたのです。パパは誇りに思っています。だから貴女が引き継げばきっと嬉しく思いますよ。」
アンヘレスは母の頬にキスをして、自室に向かって足速に歩き去った。その後ろ姿を見送って、娘が父親に似て長身に育ったことをコディアは改めて認めた。4人の娘の中で長女の彼女が一番父親に懐き父親を尊敬している。父親の血を濃く継いでいるとしたら、あの子のナワルは何色だろう、と彼女は考えた。白であったら、きっと一族は大騒ぎになる。あの子が半分グラダの血を引いていることがバレなくても、聖なる生贄とされたかも知れない毛皮を持てば、ナワルの使用は普通の一族の人間よりも厳しく制限されるだろう。
どうか金色でありますように・・・
コディアは古代の神々にそっと祈った。
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